過ぎ去りし王国の城 宮部みゆき


 2015.11.8      暗い気持ちになるファンタジー 【過ぎ去りし王国の城】

                     
宮部みゆきおすすめランキング


■ヒトコト感想

学校で目立つ存在ではない真とハブられている珠美が主人公の本作。真が偶然手にした古城が書かれた絵。そこに手をあてることで絵の世界へ入り込むことができる。ファンタジーな世界なのだが、作者の作品はファンタジーだけでは終わらない。常にダークな部分がくっついてくる。古くは「ブレイブ・ストーリー」であり「英雄の書」であり、最近の作品で言えば「悲嘆の門」がある。

現実世界で離婚やイジメを経験し、現実に嫌気が差しているような人物たちの周辺で巻き起こるファンタジー。どこか現実逃避的なものを感じずにはいられない。今回も、幼児虐待の苦しみをきっかけとして、絵の世界が作られたような感じだ。すでに慣れたとはいえ、このパターンには毎回暗い気持ちになる。

■ストーリー

早々に進学先も決まった中学三年の二月、ひょんなことからヨーロッパの古城のデッサンを拾った尾垣真。やがて絵の中にアバター(分身)を描きこむことで、自分もその世界に入りこめることを突き止める。友だちの少ない真は、同じくハブられ女子で美術部員の珠美にアバターを依頼、ともに冒険するうち、パクさんという大人と出会い、塔の中にひとりの少女が閉じこめられていることを発見する。

それが十年前のとある失踪事件に関連していることを知った三人は、ある計画を立てる…。「今」を引き受けて必死に生きるすべての人へ―心にしみこむ祈りの物語。

■感想
推薦で進学先が決定した真。日々を何の目標もなく過ごす真の元に現れた、古城が描かれた絵。絵の中に自分の分身を書き入れることで、絵の中に入り込むことができる。いきなりファンタジーな展開だが、単純に絵の中に入れるという夢物語で終わらないのが作者の特徴だろう。

精密な絵を描かなければ、まともに歩くことすらできない。さらには、絵の中にいる間は、ものすごいエネルギーを絵に吸い取られてしまう。そのため、絵から抜け出た際には、疲れ切って吐いたりもしてしまう。絵の世界を旅する都合の良いファンタジーではない。

真と共に絵の中に入ることになるのは、学校でいじめを受ける少女珠美と、漫画家の元アシスタントだ。二人とも順風満帆で幸せな人生を送っているわけではない。どこか心に闇を抱えつつも、日々を何とか生きているという感じだ。珠美が学校でいじめを受ける描写は衝撃的だ。

マイルドな描かれ方をしてはいるが、子供らしい、手加減のない悪意をすべて相手にぶつける行動だ。真たちが入り込む絵が描かれたきっかけというのも、強烈なインパクトがある。幼児虐待を受け続けた末の結末としては、あまりにダークすぎる流れだ。

ひとつの古城の絵が世界を変えるスイッチとなる。今の生活を変えたいと思う人は、どんな小さなきっかけでもそれで世界が変わるのなら、と思うのだろう。珠美とパクさんは、今の生活を変えようとする。ふたりに比べるとマシな生活をしている真の思いはどうなのか。

幼児虐待を受けた人物が、助けを求めるために、自分の居場所を作った結果の絵。ファンタジーではあるが、ダークな部分が強いので、全体として陰鬱な雰囲気が強い。結局のところ、ラストではそれなりに救われる展開となってはいるが、珠美たちの現実は何も変わらないというオチまである。

作者のこの手の作品は、かなり暗い気分になる。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp