楽園 下 宮部みゆき


2010.6.22  物語のトーンが大きく変化 【楽園 下】

                     
■ヒトコト感想
上巻では不思議な能力を持った少年の力が本当か嘘かを調べることから始まっていたのが、いつのまにか少年の能力は真実というのが前提となり、事件の真相を知る人物がどうやって少年と接触したかを探す作品となっている。模倣犯の雰囲気を少しにおわせ、つながりがあるとした上巻。下巻ではまったくといっていいほど模倣犯は関係なくなっている。少年の能力を探るという部分から、単純な事件捜査へとシフトしたため、ありきたりな作品となっている。いちライターであるはずの滋子がどこまででしゃばるのか。特別驚愕というほどの事実ではなく、終わった事件をしつこくこねくりまわしているような印象ばかりが残った。しっかりと結末が描かれているのは良いが、物語のトーンが上巻と下巻で大きく変わっているのが気になった。

■ストーリー

ライター・滋子の許に舞い込んだ奇妙な依頼。その真偽を探るべく16年前の殺人事件を追う滋子の眼前に、驚愕の真実が露になる! 彼の告白には、まだ余白がある。まだ何かが隠されている。親と子をめぐる謎に満ちた物語が、新たなる謎を呼ぶ。

■感想
本作はてっきり少年の能力が本当か嘘かを探る物語かと思っていた。いつのまにか少年の能力は真実ということになり、事件の真相をどうやって少年が知ったかにシフトしている。そのため、少年と事件の関係者がどのように繋がりがあったかを調査し、その結果、次々と事件の新しい真相が明らかとなる。事件としての複雑さよりも、情報収集の難しさが描かれている本作。警察が捜査し、強権を発動させればあっさりとカタが付く話だが、滋子が関わることによってそう簡単には解決しない。滋子の立ち位置がよくわからない作品だ。

16年前の時効が成立した事件をしつこくかぎ回る滋子。ライターとしての仕事ではなく個人的興味からいったいどこまでやるつもりなのだろうか。ミステリー的な面白さよりも、情報が少しづつ明らかとなり、それによって新たな謎が発生する数珠繋ぎの楽しさはある。しかし、根本が一つの事件のため、大きな衝撃を受けることはない。登場人物たちが必要以上に隠そうとしているようにも感じられ、人の暗部を晒そうとする滋子の行動にはあまり良い印象をもつことはなかった。

模倣犯からの流れからすると、何かしらの大きな出来事が起こるかと思ったがそれもなかった。ただ、模倣犯に通じるような怒りは感じられた。登場人物たちの滋子に対する怒りや、滋子のよくわからない思考原理により寝る子を起こすような行動。どうしても模倣犯のときと同様に滋子に対しては自分勝手な印象ばかりが強くなる。これは作者の最近の現代物に共通したことなのかもしれないが、作中の登場人物の中に一人は強烈な怒りを感じる人物がいるということだ。正論をふりかざしているようで、実は相手の気持ちなどまったく考えていない自己中な想い。それらに拒否反応を示してしまった。

模倣犯との繋がりはほとんどない。



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