亡国のイージス 上 福井晴敏


2008.8.3  物語の重厚さに圧倒 【亡国のイージス 上】

                     
■ヒトコト感想
映画版のイメージが強い本作。男くささを前面に押し出していた映画版のイメージを引きずりながら読んだのだが…。はっきりと、原作は素晴らしいということがわかった。相変わらずの作者の自衛隊に関する知識の深さ、そして、徹底した思想。この思想はデビュー作から一貫しているように思われる。多数の登場人物がさくそうし、肩書きがなければ、誰が誰だかわからなくなる危険性をはらんだ本作。それでも自衛隊をテーマとしている限り避けては通れない道だったのだろう。キャラクターの一人ひとりのイメージは完全に映画版を踏襲しているが、頭に思い描く全景は素晴らしいものとなっている。これほど重厚な作品だとは思わなかった。下巻を読むのが楽しみで仕方がない。

■ストーリー

在日米軍基地で発生した未曾有(みぞう)の惨事。最新のシステム護衛艦《いそかぜ》は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った《楯(イージス)》が、日本にもたらす恐怖とは。

■感想
映画版を見ているのである程度の事前知識はある。ベースがあるということで、多数の登場人物たちにも混乱することなく、物語を追うことができた。最新鋭の護衛艦が謀反を起こし、同じ護衛艦に攻撃する。この手の作品として有名なのは沈黙の艦隊なのだが、それ以上にリアリティがあるように感じられた。危機意識の低い日本の政府や、何に対しても後手に回るしかない現在の法整備。全てが作者の思想に基づいて描かれている本作。自衛隊のあり方をしきりに訴えているので、知らないうちにその思想に感化されているのかもしれない。本作の流れが自然に思えて仕方が無かった。

政府を巻き込んだ危機的状況というのであれば、天空の蜂という作品もある。状況は違えどミステリーとしても素晴らしい作品だった。反対に映画版では本作がミステリーだという印象はまったくなかったのだが、原作を読むとまさにミステリーとしか言いようのない作品だということがわかった。非常に長い本作だが、読んでいくうちに”いそかぜ”のクルーの動きがまるで手に取るようにわかり、そして、個々の人物のキャラクターも印象に残ってくる。それらの人物たちを含め、自衛隊の護衛艦があっさりと沈んでいくさまは、フィクションだとわかっていても衝撃的なものだった。

ラスト、謀反を公にした”いそかぜ”に対して必死に食い止めようとする政府。そこでも専守防衛というぬるま湯につかっていたために、F-15が犠牲となる。そのあたりの描写はまさに一気に読んでしまった。現実では起こりえないことなのだが、その確証はない。自分がどちらの立場で読んでいるのか。最初は紛れもなく政府側だったが、いつのまにか”いそかぜ”側となっていることに驚いてしまった。テロリストと手を組んだとはいえ、護衛艦一隻で孤高の戦いに挑む姿は、なぜだか無性に応援したくなった。

結末がわかっていようと、所詮フィクションだとわかっていようと、興奮しながら読むことができるのは素晴らしい作品だということだろう。

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