亡国のイージス 下 福井晴敏


2008.8.6  壮大で濃厚で複雑 【亡国のイージス 下】

                     
■ヒトコト感想
上巻から引き続いている重厚な雰囲気。よりドラマチックに物語は展開していく。目的を達成するためにはどのような犠牲を伴おうとも止まることなく前進するテロリストと宮津艦長。数々の作戦を企てるが、その全てが看破される。普通ならばヒーロー的存在によって、自衛官の死という悲惨な状況は防がれるはずなのだが、そうはならない。あっさりと犠牲になる人々。次々と死んでいく中でしだいに感覚が麻痺してくるが、事態の深刻さを如実に表している。映画版はよりヒーロー描写が強いのだが、本作はそうではない。ひたすら現実的に、それでいて死ぬときは死ぬのだが、やはり主役級はしつこく生き残る。このあたりは物語の後味をよくするためには仕方のないことなのだろう。

■ストーリー

「現在、本艦の全ミサイルの照準は東京首都圏内に設定されている。その弾頭は通常に非ず」ついに始まった戦後日本最大の悪夢。戦争を忘れた国家がなす術もなく立ちつくす時、運命の男たちが立ち上がる。自らの誇りと信念を守るために―。すべての日本人に覚醒を促す魂の航路、圧倒的クライマックスへ。

■感想
映画版では仙石の独り舞台だったのだが、本作には特定のヒーローは存在しない。一人のスーパーマンが大活躍することで日本が救われるという漫画的展開はない。皆が協力し、それぞれの信念を貫きながら、時には命令を無視してでも行動する。それらの相乗効果から、事件は解決の方向へと向かっていくことになる。オチがどうだとか言う前に、まずこの壮大の物語と、複雑な職位と人間関係。それらをしっかりと整理して読めるとは思わなかった。というよりも、読ませられたと言った方がいいのかもしれない。

沈没寸前の”いそかぜ”。日本政府との化かし合いもさることながら、圧倒的なまでの残虐性は相変わらず衝撃的だ。その描写力もすごいのだが、あっさりと描きながら物語のトーンが暗いものにはなっていない。現実的に考えるとありえないほど強烈な出来事だ。東京湾岸に停泊する護衛艦をミサイルで焼き尽くす。常識を覆すような答えを導き出しておきながら、物語の黒幕は、一人ほくそ笑んでいる。この結末だとは思わなかった。しかし、この結末だからこそ感じる物悲しさというのもある。

作者のこの手の作品には、すでにある程度のことが起こっても慣れたつもりだったが、本作の長大で濃厚な雰囲気には正直やられてしまった。この長さで、この小難しさならば、ほとんど読み続けるのは苦痛でしかないはずなのだが、そんなことは微塵も感じなかった。遅々として進まないページ数を横目に見ながら、なぜか物語がまだまだ続くのだといううれしさがわいてきた。あっさりとした作品も良いのだが、やはり作者の真骨頂は本作のような作品なのだろう。認識を新たにした。

映画化されるにあたり、原作のエッセンスはもりこまれているが、やはりエンターテイメントに特化しているという印象は拭えない。原作を読まなければ本当の面白さはわからないだろう。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp