土の記 下 


 2022.7.18      徐々に痴ほう症の症状をみせはじめる 【土の記 下】

                     
土の記(下) [ 高村薫 ]
評価:2.5
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■ヒトコト感想
上巻から引き続き、伊佐夫の日常が描かれている。死んだ妻の妹と、お互いに伴侶が死んだということで夫婦に近いような生活をしている。娘が海外へ移住し、そして再婚するという連絡が入る。田舎での生活の中で、普通の老人世代は本作のような生活をしているのだろう。たまに町へ出て映画を見たりする程度。

自分たちが食べる野菜を作り、余った分は売り、ちょっとした小遣いとする。伊佐夫が痴ほう症のような症状を見せ始める。伊佐夫の記憶も混濁気味となる。常に伊佐夫視点ですすんでいた物語にも変化が訪れる。何か大きな事件が起きるわけでもない。ミステリアスな展開があるわけでもない。伊佐夫がどのようになっていくかをただじっと読み進めるという感じだ。

■ストーリー
雨の下でにわか農夫はじっと息を殺し、晴れれば嬉々として田んぼへ飛び出す。大宇陀の山は今日も神武が詠い、祖霊が集い、獣や鳥や地虫たちが声高く啼き合う。始まりも終わりもない、果てしない人間の物思いと、天と地と、生命のポリフォニー。

■感想
伊佐夫の日常は、まさにこれぞ田舎で生活する高齢者という感じだ。趣味程度に野菜やコメを作り、それを売り小遣い稼ぎをする。日々、あくせく働くわけではない。理想的な老後の生活なのかもしれない。考え方を変えれば優雅に思えなくもない。

田舎生活なので、周りの目があるのは当然のこととして、それを煩わしく感じなければ田舎暮らしも心地良いのかもしれない。上谷の家に入った伊佐夫にとってはすべてを運命として諦めているのだろうか。昭代の妹である久代と半分夫婦のような生活が描かれている。

娘の陽子が海外へ移住し、そこでアメリカ人の恋人と結婚すると連絡がくる。田舎暮らしでほとんど交流のない父親にとっては、娘が国際結婚したことにどれほどインパクトがあるのだろうか。東京で再婚したというのと同じレベルなのかもしれない。

娘が再婚相手を連れてアメリカから帰ってくる。そんな噂が広まると田舎町では大騒ぎとなる。このあたりから伊佐夫の心の中での変化が描写されてくる。何かをやろうとしてそれを忘れてしまう。忘れないようにメモを貼ることから始まる。

田舎町で女子高生の死体が発見される。少し前に伊佐夫が見かけて声をかけた女子高生だった。このあたりから、もしかしたら痴ほう症を発症した伊佐夫による事件かと思ったのだが…。なんてことない伊佐夫の脳が少しづつ死んでいくという描写のひとつであった。

伊佐夫の変化を敏感に感じ取るのは日々一緒にいることの多い久代だけ。ここにきて、昭代の浮気やそれを知りながら伊佐夫には黙っていた村の人々に対する伊佐夫の思いというのが強烈につづられている。

事件はないが、田舎暮らしの雰囲気が伝わってきた。



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