この世の春 下 


 2018.9.26      強烈なマインドコントロール 【この世の春 下】

                     
この世の春 下 [ 宮部 みゆき ]
評価:3
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■ヒトコト感想
上巻では藩主の不調の正体は不明であったのだが…。下巻ではその恐ろしいまでの計画と現実が語られている。今で言うところのマインドコントロールのようなものなのだろう。藩主は心の中にトラウマを抱え、多重人格となることで現実から心を避難させていた。多紀や医者たちが調査し、藩主の婚約者や母親にまで確認しながらの謎解きとなる。

時代的なものと、殿様すらもマインドコントロールしてしまう恐ろしい術は恐怖でしかない。面をかぶることで術をかける。藩主が負ったトラウマの内容は、幼児虐待というかなり強烈なものとなっている。これだったら、単純に過去に殺された者の怨念という方が説明は楽なのかもしれない。藩主の複数の人格から、謎を解き明かすという複雑な物語となっている。

■ストーリー
小説史に類を見ない、息を呑む大仕掛け。そこまでやるか、ミヤベ魔術! それは亡者たちの声? それとも心の扉が軋む音? 正体不明の悪意が怪しい囁きと化して、かけがえのない人々を蝕み始めていた。目鼻を持たぬ仮面に怯え続ける青年は、恐怖の果てにひとりの少年をつくった。悪が幾重にも憑依した一族の救世主に、この少年はなりうるのか――。

■感想
座敷牢に幽閉され続けた藩主。その病巣の原因は何なのか。死者の怨念なのか、それとも…。藩主の多重人格の原因がどこにあるかを医者と多紀が探し出そうとする物語だ。様々な者たちが、藩主の婚約者や母親に話を聞き、諸悪の根源を見つけ出そうとする。

藩主が今の状態になったのは、父親から幼いころに虐待をうけていたからだと判明する。ではなぜ父親はそのような虐待を行ったのか。これが本作のポイントなのだろう。女の忍びに心奪われた男は、女を操っているつもりが、あべこべにあやつられていた…。

一族の恨みを晴らすために藩主の父親は狙われていた。仮面をかぶり相手を思うがままに操る術を使う女により、男は骨抜きにされ、挙句のはてには幼い藩主に対して虐待を繰り返す。そんな悲惨な現実から目を逸らすためにできた人格が、藩主の中に存在する別の子供の人格なのだろう。

多紀との交流を繰り返す中で、様々なヒントを得て真実にたどり着く。顔にひどいやけどを負った女中や、貧乏でその日暮らしがやっとの子供など、それぞれに悩みはある。藩主の問題はその中でも群をぬいてすさまじいものだ。

ラストでは物語に明るい兆しが見えているのがよい。藩主は婚約者と別れたが、そこから新たなパートナーを得ることになる。本作の流れからして、この人物が藩主と結婚することになるのは意外だった。ある意味トラウマを抱えた同氏の結婚ということになる。

江戸時代を舞台にした厳しいお家騒動や恨みつらみに翻弄された藩主の物語といえるだろう。お家騒動を公にできない事情や、気がふれたと思われることへの危機感から、すべてを閉じ込めて外に出さないという雰囲気になるのも当然かもしれない。

非常にディープな作品だ。



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