村上春樹雑文集 村上春樹


 2016.9.18      「壁と卵」のスピーチは必読だ 【村上春樹雑文集】

                     

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■ヒトコト感想
作者の未収録作品ばかりを集めた作品集。エッセイがほとんどだが、中にはあの有名なエルサレム賞のスピーチがある。テレビのニュースなどでも報道されたので、知っている人も多いだろう。が、その全文を読むとなるとなかなか目にする機会がない。本作ではその「壁と卵」も収録されている。

その他には、作者が翻訳に対してどのようなスタンスでのぞんでいるかや、地下鉄サリン事件についてのことなど。どのカテゴリーにもおさまらない、まさに雑多な文章が続いている。なんとなく笑えるのは、短編集に入れようとして、編集者からボツにされた作品だ。しょうもないダジャレを駆使した短編なのだが、作者もこんな作品を書くのだなぁ、と驚いてしまった。

■ストーリー
デビュー小説『風の歌を聴け』新人賞受賞の言葉、伝説のエルサレム賞スピーチ「壁と卵」(日本語全文)、人物論や小説論、心にしみる音楽や人生の話…多岐にわたる文章のすべてに著者書下ろしの序文を付したファン必読の69編!お蔵入りの超短篇小説や結婚式のメッセージはじめ、未収録・未発表の文章が満載。素顔の村上春樹を語る安西水丸・和田誠の愉しい解説対談と挿画付。

■感想
「壁と卵」のスピーチ原稿は衝撃的だ。一部分を切り取って報道されていたというのがよくわかる。そもそもエルサレム賞を受賞することについて、各方面から非難されていたとは知らなかった。世界的に注目される場で、招待された国自身をディスるようなスピーチをする。

かなりショッキングで勇気のいる行動のように思えた。が、内容を読むと非常に理性的に落ち着いたスピーチだというのがわかる。あからさまに非難しているわけではない。作者がどちらが正しいか正しくないかを抜きにして弱い側に立つこと。そして、人は誰しも弱いということが語られている。

翻訳についてのパートはかなり印象深い。作者は作家としてだけでなく、翻訳家としても有名で、数々の有名作品の翻訳を手掛けてきた。その際に、自分が気に入った作家の作品だけを翻訳するようだ。午前中は仕事として小説をみっちり書き、午後は気分転換に翻訳をする。

作者の中では、翻訳は一種の趣味のようになっているようだ。人の作品を翻訳するなんてのは、かなり神経を使う作業のような気もするのだが…。作者からすると名文を日本語に訳すことで、自分の文章の訓練にもなるらしい。

人物についてのエッセイや地下鉄サリン事件についての文章もある。作者の「アンダーグラウンド」は衝撃を受けた。なぜ被害者にインタビューをしようと思ったのか。そのあたりを海外向けに描いた文章なので、細かく説明されており、作者の気持ちが伝わってきた。

表紙に描かれているいつもの挿絵は、安心の安西水丸であり、人物についての作者のエッセイがまた面白い。この挿絵があるからこそ、ゆるい雰囲気が常に作品中に漂っているのだろう。このゆるさがほっこりとした気分を誘発している。

雑多な文章だが、「壁と卵」のスピーチは是非読んでもらいたい。



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