幽談  


 2012.8.18   精神にくる恐怖 【幽談】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

妖怪小説で有名な作者が、恐怖小説を描く。その恐怖はなんと言ったらいいのかわからないが、ジワジワと追いつめられるような怖さがある。恐怖の元凶である幽霊と思わしきモノが、そのまま登場したかと思うと、はっきりと原因を告げないまま、恐怖だけがひとり歩きするものもある。よくある怖い話とはまた違うベクトルの作品かもしれない。霊的な怖さもあれば、人間の精神が壊れていく様を描いた恐怖など、様々なパターンがある。巷にあふれた怖さとは違うものを求めた結果、哲学的になってしまったものすらある。ありきたりな恐怖話ではない。夜中寝る前に本を読む習慣がある人が、何気なく読んでしまうと、中には眠れなくなる短編もある。

■ストーリー

ああ、手首だと、私は思ったものである。切断された手首だとは思わなかった。誰の手首だろうとも思わなかった。ただ、手首だと思った。何故かは解らない。もしかしたら体温があったからかもしれない。ひんやりとした、女の体温。

■感想
「下の人」は、ベッドの下に存在する霊についての話だ。淡々と語られてはいるが、とんでもない恐怖だ。ベッドと床の間の数センチに入り込む、人間のカッコウをした霊。頭の中で想像すると思わず鳥肌が立ってしまう。そんな霊と暮らし、他人にその霊の存在を知らしめようとする。かなりの恐怖状態のはずが、主人公が淡々と語るうちに、若干ユーモラスに思えてくるから不思議だ。怪談や怖い話などは、話している本人が怖がるというのが、何よりも大事なのだろう。

「成人」は、実話形式の手記を読むというのが恐ろしい。ある友達の家で奇妙な部屋の存在を知る。そこには得体の知れないモノが存在するようで…。関係者の手記や話から、徐々に明らかになってくる怪しげな存在。この手法は恩田陸の「ユージニア」に近い。複数の言葉から外堀を埋めるようにジワジワとその正体がわかってくる過程がものすごく恐ろしい。いったい何がそこにいるのか。夜、眠っている間に布団に入り込んできた謎の存在とは…。本作の中では断トツに鳥肌の立つ短編かもしれない。

「知らないこと」は、人が精神に異常をきたす過程が描かれているようで、別の恐ろしさがある。隣人に異常なおじさんが存在し、その情報を逐一報告する兄。それを聞く私は嫌気がさしていた…。隣人の異常さは世間にごまんといる危ない人のたぐいだろう。作中ではサイコと言われている。ただ、その隣人が多少正気を保っており、抗議すればひたすら謝ってくる。そんな話を聞いている私の状態が、次第に変わっていくのがなんとも恐ろしい。何が異常で何が正常なのか。人の精神が壊れていくのを、本人目線で語られているようで、強烈なインパクトがある。

ちょっと変わった恐怖話がたっぷりつまっている。




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