喜嶋先生の静かな世界  


 2013.2.10     これぞ、究極の理系の世界 【喜嶋先生の静かな世界】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

作者の私小説かと思わせる雰囲気だ。作者が元国立大学の准教授というのは有名だ。日ごろの作者のエッセイなどを読んでいると、本作の主人公はそのまま作者ではないかとすら思えてくる。タイトルだけ見ると喜嶋先生が主役のようだがそうではない。喜嶋先生に指導される立場の学生が主人公だ。作者の思いを体現したような主人公は、研究に生きがいを感じ、その他のことへの興味は薄い。人間関係についてもドライで合理的な考え方だ。ある意味、面白味のないくそマジメな人物に見えてしまう。ただ、そんな主人公の研究に対するスタンスというのが、喜嶋先生との出会いによりさらにパワーアップしている。昔の大学の研究環境というのも、非常に興味深い。理系ならば、何かしら感じるものがきっとあるだろう。

■ストーリー

僕は文字を読むことが不得意だったから、小学生のときには、勉強が大嫌いだった。そんなに本が嫌いだったのに、4年生のときだったと思う、僕は区の図書館に1人で入った。その頃、僕は電波というものに興味を持っていたから、それに関する本を探そうと思った。その1冊を読むことで得られた経験が、たぶん僕の人生を決めただろう。意味のわからないものに直面したとき、それを意味のわかるものに変えていくプロセス、それはとても楽しかった。考えて考えて考え抜けば、意味の通る解釈がやがて僕に訪れる。そういう体験だった。小さかった僕は、それを神様のご褒美だと考えた。

■感想
俗世間との喧騒とはまったく離れた別の世界に生きる人々。恐らく、文系の人が本作を読むと、喜嶋先生を含め、登場人物たちはちょっと異常すぎる架空の人物に思えるだろう。が、世間には本作の喜嶋先生のような人物は存在するのだ。大学時代、理系の学部にいた人ならば、感じるものがあるだろう。喜嶋先生や主人公のように研究が楽しくて仕方がないというレベルには当然ないとしても、それに近い人物は身近にいたはずだ。合コンやクラブなどとは無縁で、ひたすら研究に集中できる合理的な環境を求める。そこに特異な面白さを感じるのは、理系特有かもしれない。

普通の明るく楽しい大学生活ではない。そこにあるのは、研究に明け暮れる大学院生たちのすさまじい生活だ。昔の研究環境が、今とは比べ物にならないほど陳腐なものだというのはよくわかる。ただ、そんな環境であっても、できることをひたすらやり続ける主人公たちの行動を読んでいると、なんだか楽しくなる。冷静に淡々と研究を続ける。紙とペンさえあればどこでも研究ができるという、そのストイックさにもしびれてしまう。物語として、多少の女性関係の話もでてはくるが、それは研究一筋の男たちの異常さを際立たせるための、ちょっとしたスパイスにすぎない。

理系学部を経験した者なら、うっすらと何かを感じることができるだろう。自分だったらどんなに好きな研究だろうと、それだけをやりたいとは思わない。ある意味、究極に好きなことを仕事にできる人々の幸せを表現している作品だ。余計な人間関係について細かく描くことはない。作者独特の世界観は、登場人物たちを人間味のないキャラクターと感じさせてしまうが、これがシンプルで良いのかもしれない。すべての理系が本作のようなわけではない。が、理系の隠れた本質を突いているようで面白い。同じく理系男子を描いた有川浩の「キケン」があるが、それとは対極にあるような作品だ。

文系女子は受け入れられない世界かもしれない。




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