2010.9.29 これが密入国の航海だ 【黄金の島 下】
■ヒトコト感想
上巻ではベトナムで生きることについて描かれ、貧困から抜け出すためには日本へ向かうしかないという流れになっていた。その流れでいくと、日本でどのように生き抜くかを本作で描くのかと思いきや、日本へ行くまでの航海がメインとなっている。小さな船でベトナムから日本へ出発することの無謀さ。日本へ帰りたいと願う修司と、黄金の島で金を稼ぎたいと願うベトナム人たち。小さな船で密入国するということがどれだけ大変で危険なことか、臨場感溢れる描写で示してくれる。ニュースなどでよく見る密航者も、危険な荒海を乗り越えてきたのだろうか。壮絶な航海描写と、密入国を願うベトナム人たちの強烈な思いというのが伝わってくる作品だ。
■ストーリー
逃亡者として人生を終えなければならないのか―。ベトナムで身を隠すヤクザの修司は、現地の若者たちと日本行きを謀る。が、汚れた警察や暗殺者が行く手を阻む。押し寄せる危機が修司たちを絶望の淵へと追い込んだ。荒れ狂う大海へと漕ぎ出した彼らの運命は…。
■感想
今までの作者の作品の主人公の中では、どことなく不遇で辛い境遇にある修司。それはラストの展開を読めばわかる。日本へ向かうためには手段を選ばず、ベトナム人のリーダーであるカイには信頼されず、ひたすら厳しい航海を乗り越えることだけを考える。ベトナムから日本へ向かうというだけでなく、食料や水がどれほど必要で、長い航海ではどれだけ精神的に疲弊するかも描かれている。壮絶な航海描写というのは、かなりのインパクトがある。ニュースなどで見た密航者たちは、皆この苦しい道のりを越えてきたのだろう。とんでもないことだ。
修司が日本へ帰ったあとどうするのかということが曖昧であり、日本の描写も本作ではあまり描かれていない。やはり日本へ向かう航海がメインだからだろう。苦難の航海を乗り越えたとしても、その先には明るい未来はない雰囲気は最初から漂っていた。黄金の島という幻想を最後まで持ち続けたベトナム人たち。修司にとっては黄金の島でなくとも、たとえ命が危険にさらされようとも、帰るべき故郷だったのだろう。ベトナム人たちの日本へ渡るという執念と、修司の日本への思いは同じくらいの熱量だと感じた。
嵐の中、荒れ狂う波をかき分けながら進む航海というのはどれほど苦しいことなのか。嵐の中では小さな船など木の葉のような存在にすぎない。犠牲をだしながら、なおも日本を目指し、ゴールが見えたときの思いというのを、しっかりと感じることができた。日本という経済大国に生まれたというだけで、勝ち組になる。それはベトナムでの苦しい生活を知るからこそ、出てきた言葉なのだろう。作者の綿密な取材力と、まるで漁業関係者かと思わせるほど、濃密な航海描写。つい最近ベトナム人と日本へ密入国しました、と言われたとしても信じてしまうほどの描写の数々だ。
予想とは違った結末だが、後を引く面白さだ。
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