黒と茶の幻想 下 恩田陸


2010.12.9  心を浄化するための推理合戦 【黒と茶の幻想 下】

                     
■ヒトコト感想
上巻で感じた大推理大会の雰囲気は多少やわらいだ本作。太古の森という非日常の中で、誰もが知りたい謎の真実が語られる。本作ではそれぞれのパートで蒔生と節子の視線で物語が語られている。その中でも特に蒔生は、その考え方や生き方にかなり共感できた。というか、同じような考え方をしているのだと感じた。ただ、作中ではあまり良い扱いを受けていないので複雑なのだが…。物語は核である憂理についてのエピソードと、それにまつわる人々の話がメインだ。四人の人生論ともいえるし、心の奥底に潜んでいた悩みの告白ともいえる。ミステリーとしてのオチはないが、ジワジワと登場人物たちの心の真相が暴かれるようで、読んでいて気持ちよかった。

■ストーリー

雨の音を聞きながら、静かな森の中を進んでいく大学時代の同窓生たち。元恋人も含む四人の関係は、何気ない会話にも微妙な陰翳をにじませる。一人芝居を披露したあと永遠に姿を消した憂理は既に死んでいた。全員を巻き込んだ一夜の真相とは?太古の杉に伝説の桜の木。

■感想
部屋の中でそれぞれ過去を回想しながら、推理合戦を繰り広げる。そんなタイプに近いのだが、太古の森を歩きながら語られる物語は、より神秘性が増している。何気ない一言も、深い意味があるように感じられ、さらには憂理の死の真相を暴くような描写がある。旅自体が何か一つの目的を持って企画されたように思いきや、そうではなかった。ただつれづれなるままに、四人が心の奥に潜んでいる本人すら気付かない何かを、旅をきっかけとして表現しようとしているようだった。

上巻では、大きなオチがあるものと期待していたが、そうはならなかった。ただ、登場人物の中で蒔生の生き方や考え方が自分とかなり近いということがわかり、むしょうに感情移入してしまった。蒔生の処世術というか、身の振り方はかなり納得できる。ただ、本人は幸せだとしても周りからは不幸に見えるという、そんな生き方ではある。作中でも、蒔生は必ずしも良い印象としては描かれていない。やさしさはあるがそれ以上に冷たさがある。どこか心を開かず、自分の中だけでメリット、デメリットを判断する。そんな打算的な男のようにも感じられた。

結局のところ、この旅を口実とした大推理大会は、大きな謎が解けるというよりも、ジワジワとそれぞれが気になっていたことが内部的に解決されるという感じだろうか。読者は本作の登場人物の中で、少なくとも誰か一人には感情移入できるだろう。もちろん、異性にモテていたとかいう部分ではなく、考え方や生き方についてだ。タイトルと、一連のシリーズとにどのような関係があったかよくわからないが、憂理という名前がでてきたわりには、麦の上に沈む果実とのつながりは薄い。雰囲気は近いのかもしれないが。

男女四人が太古の森で行う推理合戦は、人生の半ばを過ぎた者たちの心を浄化する儀式なのだろうか。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp