初ものがたり 宮部みゆき


2009.5.11  シリーズ停止が残念で仕方がない 【初ものがたり】

                     
■ヒトコト感想
本所深川からの続きもの。岡っ引きの茂七が様々な事件を解決し、不思議な出来事にぶち当たる。印象的なのはいなりずし屋の親父や不思議な力を持つ子供だ。短編でありながらも、連作ものであり、しっかりと筋道が通されている。そのため、続けて読めば、長編に負けないほど物語の世界にしっかりと入り込むことができる。短編それぞれで、シリーズ通しての謎を小出しにしているため、先が気になってしょうがない。あの稲荷ずし屋の親父の正体は何者なのだろうか。不思議な力を持つ子供は、本当に奇妙な力を持っているのか。物語が進むにつれ、あきらかになっていく謎たち。しかし、最後までそれらの謎が解明する前に、本作は終わってしまう。さらにはシリーズも現在停止中らしい。なんとも残念なことだ。

■ストーリー

本所深川をあずかる回向院の旦那こと、岡っ引きの茂七が、下っ引きの糸吉、権三とともに摩訶不思議な事件の数々に立ち向かう。歓び、哀しみ、苦悩、そして恋…。江戸下町に生きる人々が織りなす人間模様を描く連作時代小説。

■感想
主人公であるはずの茂七に何か特殊な力があったり、特別であるわけではない。どこにでもいる普通の岡っ引きなのだろう。それが摩訶不思議な事件を次々と解決していく。それだけなら、別にたいした魅力もない。しかし、本作はそこに登場する人々の動きや生活が手に取るようにわかり、いつの間にか江戸下町の世界に入り込んでしまう。物語の世界に入り込むと、事件としてはたいしたオチもなく、ただ、謎を解明するための味付けにしか過ぎない話であっても、十分楽しむことができる。これはすべて作者の筆力のなせるわざだろう。

この手の時代物を作者は良く書いている。その中でも本作はトップクラスに入るのではないだろうか。不自然な謎や超常現象もなく、普段の江戸下町での生活から事件が発生する。事件はどれも摩訶不思議なものだが、裏を返せばそれらにもしっかりとした原因がある。そんな事件の中でひときわ気になるのが、稲荷ずし屋の親父と、不思議な能力をもつ子供だ。茂七はこの二人を常に気にしており、様々な登場人物たちと何かしらの関係があるように匂わしている。本シリーズはこの二人の全貌があきらかになってこそ、完結を迎えることができるのだろう。しかし、本作ではそこまでいたらず、今後シリーズが完結するみこみもないようだ。

江戸下町で暮らす人々の人間模様。似たような作品として震える岩~などを読んだのだが、それとは根本的に異なっている。震える~は超常現象をメインにしているとしたら、本作は人間本来の業や卑しい気持ち、そして憎しみなど、人間くさい部分を前面に押し出している。それだけに、何かせっぱつまったような緊迫感も感じることができる。一話ごとに簡潔に終わっているというのも、物語として優れていると感じる要因なのかもしれない。すっきりとシンプルでありながら、印象的なキャラクターと謎を提供してくれる。これはなかなかできるものではないと思う。

続きが読めないことが非常に残念な作品だ。



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