あやし うらめし あな かなし 浅田次郎


2008.12.19  頭の中に思い浮かぶ映像 【あやし うらめし あな かなし】

                     
■ヒトコト感想
短編としてサラリと読むことができるが、異様に頭の中に映像が残る。ホラーとしての恐怖感はさほどでもないし、特別な仕掛けもない。しかし、なぜかその恐怖の場面は頭の中に映像として強烈に残っている。印象的な場面がすぐさま頭の中に浮かぶというのは、優れた作品だということなのだろう。伯母から聞いた昔話がベースと言っても、古臭く感じない。特別なオチがあるわけではないのに、興味をそそられるのは、間違いなく作者の力量におうところが大きいのだろう。作者の作品で有名な短編は鉄道員などがある。本作はその鉄道員に匹敵するような印象的な短編がいくつかある。怖さを表現するのはとても難しいと思うが、それをあっさりとやってのけるのはすごいことだ。

■ストーリー

著者がこどもの頃、伯母から聞かされた“こわい話”を元に書いた「赤い絆」「お狐様の話」。作家になる前に体験したエピソードをふくらませた「虫篝」など、日本特有の神秘的で幻妖な世界で起こる、哀しみと幸いの奇跡を描く極上の奇譚集。「文学の極意は怪談にあり」を見事に体言した七つの優霊物語。

■感想
怖い話を描くには文体もそれなりに重要だと思う。だとすれば、作者はお笑い要素がつまったコラムのイメージが強かったので、どのようになるのかまったくの未知数だった。しかし、読んでみると思いのほかはまっており、すばらしい作品となっている。短編として怖い話もあれば、ちょっと感動するような話もある。「虫篝」など世にも奇妙な物語に登場しそうなほど優れた話だと思う。読み終わったあとの余韻も、なんだかズシリとくるものがある。心に残る話を聞いたときや、印象に残る映画を見たときと同じ気分かもしれない。

「赤い絆」「お狐様の話」この両作品とも伯母から聞かされた話がベースとなっているようだが、何の仕掛けもオチもないような話だけに余計に恐ろしくなった。このシンプルな話だが、心に残るインパクトを残しているのは、恐ろしい場面がはっきりと頭の中に思い浮かんでしまうからだろう。読んでいると次々と頭の中にわいてくるイメージ。まるで自分が作者の伯母さんから昔話を聞かされているように思い浮かぶ。そして、作者が子供のころに感じたのと同じ怖さを感じてしまうようだった。

作者の短編としては直木賞をとった鉄道員というのがある。本作もどちらかといえばそのパターンなのかもしれない。人以外の何かが介入する話というのは、一歩間違えれば子供だましに感じ、とたんに面白さが損なわれる可能性がある。しかし、本作も含めて、恐ろしさにリアリティがあり、不思議な出来事にも、「そんな馬鹿なぁ」という思いを打ち消す力がある。優れた短編というのは、サラリと読めるが、その後なかなか頭の中から離れることがない。長編では存在しても、なかなか短編では出会わないので、非常に貴重な体験をした。

つい最近、作者の歴史短編ものを読んだが、それとは明らかに違う。テーマが異なるとこうも違うものかと、とても驚かされた。



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