覘き小平次 


 2008.6.6  究極のニート 【覘き小平次】  

                     

評価:3

■ヒトコト感想
怪談をベースとした作品としては「嗤う伊右衛門」がある。本作も怪談をベースとしているはずなのだが、正直元ネタを知らない。まったくの予備知識なしに読んだ本作。今までの京極作品の雰囲気からすると最後に大どんでん返しがあるのかと思ったが、意外にすんなりと終わってしまった。小平次を取り巻く仕掛け。多数の登場人物たちに囲まれ、複雑な物語の様相を見せ始め、最後にどれだけあっと驚かせてもらえるのか楽しみにしていたが、そうではなかった。押入れの隙間からじっと自分の妻を見つめ続ける男。この奇妙な男の言い分を全てそのまま受け入れることは、常人には難しいだろう。ちょっと特殊な京極作品かもしれない。

■ストーリー

一日中、押入れ棚に引きこもり、わずかの隙間から世間を覗く、売れない役者、小平次。妻のお塚は、一向にその不気味な性癖がおさまらぬ亭主に悪態をつく毎日である。そんなふたりのもとへ、小平次の友人で囃子方の安達多九郎が訪ねてくる。禰宜町の玉川座が、次回の狂言怪談の幽霊役に小平次を抜擢したという。一座の立女形、玉川歌仙の依頼を受け、奥州へと向かう小平次。しかしその興行の裏には、ある仕掛けが施されていた…。

■感想
最初に度肝を抜かれたのはこの小平次というキャラクターだ。押入れに引きこもり、自分の妻をのぞき見る。今で言うニートの極端なパターンだろう。これほど強烈なキャラクターを前面に押し出されると、いったいどのような理由があってこうなったのか、そればかりを考えてしまう。何か必然性があり、実は最後にネタ晴らしをされ、そこで全てに納得できる。そんな結末を想像していたのかもしれない。予想外といえば予想外であり、怪談ベースの作品ということも、あとがきを読んでわかった。最初にわかっていれば、また違った読み方をしていたかもしれない。

登場人物は多い。これが複雑に絡み合うのだが、後半になればなるほど、しっかりとストーリーに食い込んでくる。無駄な登場人物はおらず、何かしら物語りに大きな影響を及ぼしている。複雑に入り組んだ物語の結果として、何か裏があるのではないかと、勝手に深読みしてしまった。小平次がらみの事件であっても、何か大きな裏があるのではないのか。巷説百物語的に、最後には悪者が暴かれ、全てがめでたしめでたしとなるのではないだろうか。もしくは京極堂シリーズのように、何か妖怪的なものを表現してくるのだろうか。

すべてが怪談をベースとした新しい解釈の物語だと知って、最後に納得できた。なぜか不自然で、得体のしれない違和感を感じていたのはそのためだったのだろう。いつもの京極作品ならば、最後には何かしら大きなカタルシスや決着を付けているはずだが、それがない。元ネタを知らないだけに、どの程度変わっているのか、想像がつかないが、おそらく大きく違っているのだろう。それは「嗤う伊右衛門」の時でもそうだったように。

久しぶりの京極作品なのだが、面白さを思い出しつつも、どこか消化不良だった。



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