日没 


 2021.7.3      世間の作家への弾圧を揶揄するような作品 【日没】

                     
日没 [ 桐野夏生 ]
評価:3
桐野夏生おすすめランキング
■ヒトコト感想
桐野夏生の長編。まるで作家としての自分の不満を訴えたような作品だ。小説家マッツ夢井は「文化文芸倫理向上委員会」通称ブンリンに出頭命令を受け、そのまま海辺の療養所に軟禁されてしまう。小説作品の中で好ましくない記述があったからという理由で不自然な軟禁生活を余儀なくされるマッツ夢井。一度入ると他者と話をすることすら制限され、粗末な食事を与えられ、最後には薬漬けにされてしまう。

恐ろしいのは対外的には精神に異常をきたした、という理由さえあれば処置入院として処理されてしまうことだ。ブンリンの療養所での地獄のような生活からマッツ夢井は抜け出せるのか。読者としてはラストで今までのうっぷんを晴らすように、施設の担当者たちに復讐するマッツ夢井を想像していたのだが…。衝撃的なラストだ。

■ストーリー
あなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末は―。

■感想
ブンリンの療養所に入れられた作家たちは、世の中のためになる小説を描けるように矯正されてしまう。ただ、矯正と言いながら療養所から出た者はいない。気が狂い自殺する者がほとんどらしい。最初はちょっとした召喚状からスタートし、いつの間にか療養所で軟禁されてしまう。

療養所の職員たちの異質さと、何かあればすぐに減点され療養所からでることができない状況。粗末な食事とまったく自由のない生活。療養所を抜け出すためのサバイバル物語を期待していたがそうはならない。暗く陰鬱な物語であることは間違いない。

施設の職員に逆らうことは許されない。究極に抑圧された環境に居続けると、人はその環境に慣らされるものなのだろうか。粗末な食事に対しても、3食しっかりと出てくることをありがたいと思うようになる。氷入りの冷たい水がおいしく感じる。所長は穏やかにマッツ夢井を諭すのだが、その裏には鬼の片りんが見え隠れしている。

マッツ夢井は反抗的態度を改めないため、ついには地下室で薬漬けにされてしまう。精神異常者として入院させられていることにされると、何をやっても言い訳ができない状態となる。このあたり、現実でもマッツ夢井と同じような立場となった場合、抜け出すことは難しいのだろう。

ラストでは職員の中で元小説家として軟禁された者たちがいることが判明する。作家として国に飼いならされ自由な文章を書けないことを選ぶのか。それとも自殺するのか。まるで桐野夏生自身が主人公のマッツ夢井に自分の思いを代弁させるような作品だ。

精神異常者として処置入院させられた場合、家族とも会えず、まともに考えることもできず自殺するしかない。ラストでは元小説家の職員に連れられ外に出る場面があるのだが、ここから現実に戻るのかと思いきや、崖から飛び降りるという選択をするマッツ夢井。

救いもなにもない結末だ。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
*yahoo.co.jp