晴子情歌 下 


 2021.12.23      母親の人生を読まされる息子 【晴子情歌 下】

                     
晴子情歌 下巻 / 高村 薫 / 新潮社
評価:3
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■ヒトコト感想
息子である彰之への手紙で自分の人生を振り返る晴子。彰之は遠洋漁業の過酷な日々を過ごしながら、そこでの生々しいトラブルに直面する。晴子と親戚との関係や夫との出会い、そして子供たちがどのようにして生まれたのか。晴子の境遇は複雑だ。福澤家に入り込んだ晴子は福澤家の富と権力の変化を目の当たりにする。

福澤家の異端児である三男の淳三と出会い結婚する。そして、淳三が肺炎で死ぬまで…。晴子と淳三は決して良い夫婦関係とは言えないのだろう。淳三の死は晴子が旅行していた際に身の回りの世話ができない淳三を残した晴子の責任なのだろう。それを責めるわけでもない淳三がまた晴子との冷え切った関係を想像しないわけにはいかない。

■ストーリー
両親を失った晴子は福澤家で奉公を始める。三男二女を擁する富と権力の家―その血脈は濁っていた。やがて運命に導かれるように、末弟たる異端児淳三と結婚する。一方、母の告白により出生の秘密を知った彰之は、苛酷な漁に従事しながら、自らを東京の最高学府から凍てつく北の海にまで運んだ過去を反芻する。旅の終りに母子が観た風景とは。小説の醍醐味、その全てがここにある。

■感想
彰之はひたすら遠洋漁業に精をだす。東京大学を卒業したのだが、最終的には漁業の世界に入る。彰之の人間関係や女性関係が多少語られてはいるが、メインは船の上での複雑な人間関係だ。危険と隣り合わせの仕事だ。ちょっとした気のゆるみで真っ暗闇の海にとらえらえてしまう。

彰之のことをよく思っていない同僚もいる。決してよい環境とは言えない場所で必死に働く彰之。従兄が自立し小さな船を持ったはいいが、漁で船が沈没してしまう。身内の死を経験し、漁の危険を知りながらも仕事にしようと考える彰之の気持ちは複雑だ。

晴子は彰之への手紙で自分の人生を語る。淳三と出会い、半ば強制体な形で夫婦となる。このことを晴子がどのような気持ちで受け入れていたのか。息子への手紙で夫との複雑な出会いを赤裸々に語るのは少し異常だ。そして、淳三の死に晴子が関わっていたと告白するのもすさまじすぎる。

寝たきりとなり、自分で身の回りの世話ができない淳三を残し数日間旅行にでる晴子。それも相手は昔好きだった男に会うためだった。これを息子である彰之はどのような気持ちで読んだのだろうか。彰之の気持ちが描かれることはない。

晴子は淳三を自分が殺したようなものと考えている。淳三が肺炎となったきっかけを晴子が作ったことは間違いない。淳三の葬式の場で、そのことを隠すことなく親戚へ告げるのは、晴子の何かしら覚悟のようなものを感じずにはいられない。

好き勝手に生きた淳三は、親戚からも問題視されていた。その問題児を押し付ける形で晴子は結婚させられることになった。どこかでその恨みのようなものを晴らすという思いがあったのだろうか。晴子の複雑な心境が描かれている物語だ。

息子からすると、母親の人生を読まされるのはどのような心境なのだろうか。



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