遠い唇  


 2017.4.5      大人な謎解き短編集 【遠い唇】

                     
遠い唇 [ 北村 薫 ]
評価:3
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■ヒトコト感想
大人の雰囲気を漂わせる短編集。学生時代に気になった人の残した手紙が暗号で、のちにその意味が判明する。なんだか非常に切なくなる。最初に表題作である「遠い唇」がものすごく大人な雰囲気なので、その後の短編がすべて大人の雰囲気をもっているように錯覚してしまった。実際にはかなりユーモア路線に偏った短編もある。

ただ、すべての登場人物たちが大人なので、すべての短編に大人な落ち着きを感じてしまう。ラストの「ビスケット」だけは、毛色の異なる中編であり、ミステリーファンがもつ昔からの名探偵像を否定するような作品だろう。確かに今の時代は、知識はなくともネットで調べることで名探偵と同等の能力をはっきできるのかもしれない。

■ストーリー
コーヒーの香りとともに蘇る、学生時代の思い出とほろ苦い暗号。いまは亡き夫が、俳句と和菓子に隠した想い。同棲中の彼氏の、“いつも通り”ではない行動。―ミステリの巨人が贈る、極上の“謎解き”7篇。

■感想
「遠い唇」は表題作であり、慕っていた先輩が書いた暗号のハガキを、先輩が亡くなったと知り読み直すことから始まる。謎のアルファベットの羅列。それは、知識があり推理力があれば解くことができる。学生時代の男では解明できなかった暗号が、歳を重ねることで答えを見つけ出せる。

謎の暗号の答えを知り衝撃を受ける男。もし、学生時代にこの暗号の意味を知っていたとしたら、男はどんな反応をしたのだろうか。過去を後悔するのでもなく、昔を懐かしむ。これぞまさに大人の所作だ。

「解釈」は北村薫にしてはめずらしい作品だ。宇宙人が地球人を調査するため、有名な文学作品から地球人の習性を学ぼうとする。「吾輩は猫である」から始まり、「走れメロス」など誰もが知る名作を宇宙人がとんでもない解釈の仕方をしてしまう。

宇宙人に「本」という概念がない場合は、本作のような勘違いが発生するのだろう。作者の夏目漱石が猫である、だとか、作者が常にメロスと併走しているなど、なんだか普通に考えるよりも、ぶっ飛んだ雰囲気すぎてついていけないというのがある。

「ビスケット」は、他殺死体の手が不自然な形をしていたからと、推理する王道ミステリーなのだが…。名探偵の推理といえば幅広い知識に裏付けされた信じられない発想だろう。本作では知識はネットから情報収集することで賄っている。

そのため、名探偵の存在なくして事件を解決してしまう。これからのミステリー小説はどのようにして名探偵の特別感をだすか、作家を悩ませるだろう。本作のようにごく普通の一般人が、ネットを調べることで事件を解決してしまうこともあるかもしれない。

大人な雰囲気を醸し出す作品集だ。



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