シャイロックの子供たち 池井戸潤


 2015.4.13      銀行員たちの悲喜こもごも 【シャイロックの子供たち】

                     
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■ヒトコト感想

くしくも「最終退行」で舞台となった「東京第一銀行」を舞台とした物語だ。ひとりの主人公を中心とするのではなく、短編ごとに主役は変わり、中心となるテーマも変わる。本作を読むことで銀行に関わる人々がどのような思いを持ち、悩み苦しんでいるのかがわかる。

学歴を気にしながら必死に頑張ってきた副支店長。成績を上げることだけを考えた融資課の課長代理。格差のある社内恋愛、苦しいノルマにアクセクする新人など、銀行に関わる人々の悲喜こもごもが描かれている。多面的な物語なため、誰が悪いとか誰が良いというのはない。それぞれ立場ごとに悩みや苦しみがある。銀行業務の過酷さと、そこで勤める人々の人生が凝縮されているようで、とても面白い。

■ストーリー

ある町の銀行の支店で起こった、現金紛失事件。女子行員に疑いがかかるが、別の男が失踪…!?“たたき上げ”の誇り、格差のある社内恋愛、家族への思い、上らない成績…事件の裏に透ける行員たちの人間的葛藤。銀行という組織を通して、普通に働き、普通に暮すことの幸福と困難さに迫った傑作群像劇。

■感想
「歯車じゃない」は、たたき上げの副支店長が、反抗的な社員に対して鉄拳制裁したことで大問題となる物語だ。エリート行員の中で高卒ながら実績を上げて副支店長にまで登りつめた男の思いとは。半沢直樹ならば、半沢に攻撃される立場の人物目線なので、新鮮な面白さがある。

本部からはノルマを達成しろとプレッシャーをかけられ、下からは納得できない商品は売れないと文句を言われる。絶対的権力があると思われた副支店長でさえ苦しみはある。立場が変われば、心境も、感じる印象も随分とかわるものだ。

その他の短編も多種多様で、様々な人物が主役となる。営業課の女子行員が、百万を盗んだと疑われたり、銀行の不正を見破った男が行方不明となったり。人の価値観や、考え方が様々だということがよくわかる。仕事に心血を注ぐ者もいれば、家庭を第一に考える者もいる。

何が正しいというのはない。誰もが自分の人生を精いっぱい生き、銀行業務にあたっているということがわかる。すべてを手に入れたエース行員には、実は大きな秘密があった。華々しい活躍をする人物の裏というのは、ギャップがあればあるほど、なんだか悲しくなる。

「人体模型」は、まさに様々な銀行員たちを見る立場にいる人事部の者が感じる思いが強烈に伝わってくる。経歴書類の文字を追っていくだけで、そこに人格が出来上がる。過酷な仕事を続け、精神が病む者もいれば、ただひたすら前に突き進む者もいる。

文字から伝わる印象を頭の中で構築し、少しずつ粘土をつけて人体模型を作り上げる。人事部の仕事というのは、実は非常につらく苦しいものなのだろう。人の人生を左右するような決定を下す。他の作品では、悪の根源、権力の鬼のようなイメージがあったが、そうではないということがよくわかる。

作者の作品を読み慣れている人ならば、確実にはまるだろう。



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