獅子吼 浅田次郎


 2016.6.30      奇妙なライオン目線の物語 【獅子吼】

                     
獅子吼 [ 浅田次郎 ]
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■ヒトコト感想
時代もテーマも様々な短編集。表題作でもある「獅子吼」は非常に印象的だ。戦時中の猛獣の殺処分を描いた作品なのだが、単純に殺されてかわいそう、で終わる作品ではない。本作で特徴的なのは殺されるライオン側の視点があるということだ。陸軍の草野二等兵が大事に世話してきたライオンが処分されることになる。

戦争なのだから、とよくあるパターンだが、その時ライオンは何を想っているのか。飼いならされたライオンは、自分が殺処分されるとは知るよしもない。ただ、その雰囲気の違いは敏感に感じとることができる。まさかライオン目線の物語となるとは思わなかった。単純ではない流れというのは強く印象に残ることになる。

■ストーリー

時代と過酷な運命に翻弄されながらも立ち向かい、受け入れる、名もなき人々の美しい魂を描く短篇集。

■感想
「帰り道」は印象深い。昭和の時代。中学を卒業して集団就職をした男女の恋愛を描く。スキー場へ向かうための高速バス内での出来事。工場内で古株の女工員となった妙子と、年下だが大手メーカーへの就職が決まった光岡の恋物語。妙子目線の物語で、時代的なものや女から積極的にアピールすることのむずかしさが描かれている。

さらには、行き遅れと周りに思われることや、周りがおぜん立てした上での光岡と二人の時間を作ることができた幸運。それらを含め、ラストの光岡からのプロポーズは幸せに満ちているはすだったのだが…。なんとも女心の不思議を描いた作品だ。

「うきよご」は、東大紛争での入試中止の影響をうけ、複雑な家庭環境で育った和夫の物語。無入試浪人を選んだ和夫。京大に入るという選択肢を無視してまで東大にこだわる理由や、複雑な家庭環境から、親に捨てられるように手切れ金を渡され東京で下宿することになる。

自分の境遇に卑下することなく、東大という特殊な文化の世界で生きることが描かれている。和夫の上の階に住む先輩学生の優雅と思えるような生活と、異母姉との関係。ひたすら勉強を頑張り続けた和夫には、家庭環境という負い目があったのだろうか。

「流離人」は戦時中の物語で、沢村という老人の昔話を聞く物語だ。沢村が促成少尉の時、奇妙な中佐と出会う。命令を受けてから任地へ赴くが、そこからまたさらに先へ向かえとの命令がでる。戦時中の混乱を描いているのか、それとも怪しげな中佐のようにあちこち動き回ることによって、自分の命を生きながらせているのだろうか。

怪しげな中佐は常に移動しつづけている。促成の少尉がどれほど役にたつのか。死に急ぐよりは、自分の力を活かせるまで生き残れ、と言っているように感じられた。

作者らしい短編ばかりだ。



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