帰郷 浅田次郎


 2016.12.10      戦争により生み出された悲惨な現実 【帰郷】

                     

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■ヒトコト感想
戦争に翻弄された人々の姿を描いた短編集。表題作でもある「帰郷」は強烈に心に残る作品だ。激しい戦場で奇跡的に生き残って日本へ帰ると、そこに自分の居場所はなかった。物語は、長男だからと父親が各所に手を回し、赤紙がやってこないように準備していたはずが…。

幸せな家庭を築いてはいたが、無事帰ってきたとしても自分が死んだことになっていた悲劇。子供にも会えずただ引き返すしかない。どこにも行き場をなくした帰還兵の悲しみが回想形式でこれでもかと語られている。その他にもファンタジーあり、悲惨な現実ありと、戦争は誰ひとりとして幸せな人を産みださないのだと、あらためてよくわかる短編集だ。

■ストーリー
戦後の闇市で、家を失くした帰還兵と娼婦が出会う「帰郷」、ニューギニアで高射砲の修理にあたる職工を主人公にした「鉄の沈黙」、開業直後の後楽園ゆうえんちを舞台に、戦争の後ろ姿を描く「夜の遊園地」、南方戦線の生き残り兵の戦後の生き方を見つめる「金鵄のもとに」など、全6編。

■感想
本作は戦争小説ではない。戦争に否が応でも巻き込まれた人々の悲しみが描かれている。明るく楽しそうな短編であっても、そこには悲しいオチが待っている。「無言歌」は、若き中尉たちが楽しそうに会話を続けているのだが、実はそれは敵船へと特攻するために開発された回天の中での話となる。

生き残る望みがなく、空気がなくなるのをただ待つだけ。回天というとんでもない兵器の存在もそうだが、それに乗り込んでもなお、幸福な夢を見続ける若者たちの悲しさが描かれている。

ごく普通の日常で、戦争へ行かなくて良いと思っていた男が戦争に駆り出され、命からがら生き延びたは良いのだが…。「帰郷」は心に物悲しさが押しよせてくる物語だ。帰還兵と娼婦の会話が繰り返され、帰還兵がどのような経緯で今この場にいるのかが語られる。

激しい戦争を生き残り、命からがら家に戻ってみると、そこに自分の居場所はなかった。妻や子供には新しい父親がいるため、今更自分が生きていたと名乗り出るわけにはいかない。強烈な悲しみを感じずにはいられない流れだ。

「不寝番」は良くできたSFミステリーだ。夜中の見張りを交代しようとしたとき、相手のおかしさに気づく。戦時中の兵隊と自衛隊が時空を超えて出会う。それぞれの装備のおかしさを笑いあい、現代の平和と戦時中の過酷さが描かれている。

作者の自衛隊関連の話は非常に臨場感がある。星(階級)よりもどれだけ長く兵士として勤め上げたかが重要となる。戦時中の兵士が自動販売機を見て衝撃を受け、爆弾と間違えたりと、時代の違いによる面白さも描かれている。

表題作でもある「帰郷」がとてつもなく強く印象に残っている。



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