語り女たち 北村薫


 2016.3.19      女が語る身辺雑記 【語り女たち】

                     
語り女たち / 北村薫 / 新潮文庫
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■ヒトコト感想
空想癖のある資産家が女性の話を聞くという連作短編集。女が告白する内容は荒唐無稽であり、少し恐ろしくなる。どことなく何かを暗示している短編や幻想小説風なものが多い。登場人物について特別な描写がないだけに、ほとんど印象に残らず終わる短編もある。「文字」などは不気味な余韻を残している。

短編により物語の長さがまちまちだ。ただ、短くても切れ味するどく心に深く染み入るような作品もある。「緑の虫」などは、昔話にありそうな雰囲気となっている。小さな男の子は虫なのか、それとも…。美しい挿絵と相まって、不思議な雰囲気をつむぎだしている。物語としての奇妙さは、語り女の身辺雑記のような話であっても変わるものではない。

■ストーリー

海辺の街に小部屋を借りて、潮騒の響く窓辺に寝椅子を引き寄せ横になり、訪れた女の話を聞く―さまざまな女が男に自分の体験を語り始める。緑の虫を飲みこんだという女、不眠症の画家の展覧会での出来事、詩集で結ばれた熱い恋心、「ラスク様」がいた教室の風景。水虎の一族との恋愛…微熱をはらんだその声に聴きいるうちに、からだごと異空間へ運ばれてしまう、色とりどりの17話。

■感想
「違う話」は印象深い。中学生が奇妙な「走れメロス」を読んだと語り出す。その内容は、友のためにメロスは走るのではなく、友をはりつけにするために走るという流れだ。メロスの意味を根底から覆すような内容となっているが、奇妙な怖さがある。

メロスが期限までに走りきれなければ友は助かる。悪のメロスは友を殺すために走る。まさに真逆だが、そのまま悪のメロスで終わらないところが良い。サラリとした読みくちだが、恐怖の中にもさわやかな雰囲気がある。

「闇缶詰」は思わず口の中に奇妙な味が広がりそうな作品だ。知り合いからお土産でもらったトドの缶詰を持て余した女は、闇缶詰をやろうと言う。そこで人数よりもひとつだけ缶詰が多く置かれていた。誰が持ってきたかわからない缶詰は、何の肉かわからない奇妙な味がした。

闇鍋や百物語のように、いつのまにかひとつ増えているという怖さがある。パッケージに何も書かれていない正体不明な缶詰など、絶対に食べたいとは思わない。

「水虎」は、女の知り合いで魅力的な男がいた。ただ、たまに奇妙な行動をとり「自分は河童一族だ」と言う。そして、男に迫られた女は、いつの間にか男と相撲をとることになる…。男女の関係を暗喩しているようでもあり、本当に河童なのか?という疑問もわいてくる。

聞き役の男が、女を落とすための方便だと言う部分が良い。河童が相撲をとるという伝説をたくみに利用し、相撲を男と女の関係へとつなげていく。男としては、こんな口説き方は絶対にうまくいかないだろうと思ってしまうが、面白さはある。

女が語る話の内容が幻想小説風で良い。



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