1950年のバックトス 北村薫


 2015.11.18      穏やかな気持ちになれる短編集 【1950年のバックトス】

                     
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■ヒトコト感想

穏やかな気持ちになれる短編集。ブラックジョーク的なものや、皮肉が利いている短編もある。ただ、どれもが読み終わると穏やかな気持ちになる。多少の怖さもすべて包み込んでしまうほどほっこりとした気持ちになる。人と人を繋ぐ一瞬の思いというのが、時に強烈なインパクトを引き起こすことがある。少しの恐怖と、瞬間的な繋がり。

印象的なのは「真夜中のダッフルコート」だろう。ミステリー作家として、どのように日々の謎を追い求めているのか。何気ない日常の謎が良い。冬のさなかに、木の枝にひっかけられたダッフルコート。同じパターンでダウンジャケットの話が登場することで、物語をわかりやすくしている。日常の謎は、刺激的ではないが、読み終わるとなんだか優しい気持ちになる

■ストーリー

「野球って、こうやって、誰かと誰かを結び付けてくれるものなんだね」忘れがたい面影とともに、あのときの私がよみがえる…。大切に抱えていた想いが、時空を超えて解き放たれるとき―。男と女、友と友、親と子を、人と人をつなぐ人生の一瞬。秘めた想いは、今も胸を熱くする。過ぎて返らぬ思い出は、いつも私のうちに生きている。謎に満ちた心の軌跡をこまやかに辿る短編集。

■感想
表題作でもある「1950年のバックトス」は印象的だ。野球をほとんどしらない女子がいるだろうことから始まる本作。知らない例として登場する、球を打った瞬間に三塁に走るというのがなんとも定番だが面白い。そこにいたるまでの分析も良い。そんな野球だが、ある老女が必要以上に野球に詳しいため、過去に何があったのかが描かれている。

戦後すぐに女子もプロ野球が存在し、そこでプレーしていた人物。なんだか荒唐無稽だが、ノスタルジックな気分になる。バックトスというプレーを瞬時に思い浮かべることができる人におすすめの作品だ。

「真夜中のダッフルコート」は、作中の話の中に宮部みゆきが登場するなど、ミステリー作家ならではの視点が、日常の謎を面白い謎に昇華させている。ある真夜中に、木の枝に引っかかった1着のダッフルコート。真夜中にコートを脱ぐような気候ではない。

なぜこんなことをしたのか?の分析がされている。非常に練り込まれた短編だ。整合性のあるしっかりとしたオチを想像していると、なんだか落語的なオチに少しがっかりするかもしれない。ただ、日常の謎のオチとしては最高かもしれない。

その他の短編は、非常に短い短編もあれば、読み応えのある短編もある。ブラックな作品や、少し恐怖感を覚える短編もある。人の気持ちを少しだけ刺激し、これ以上突っ込むとかなり嫌味になったり、皮肉になりそうな直前でとどめている。そのため、読後感は非常に良い。

ブラックな作品も、それほど厭な気分にならない。恐怖についても、後を引くような怖さではない。どこか、昔話を聞いた後のような気持ちかもしれない。適度な長さで、相手の思いを微妙に刺激するのは、それなりにインパクトがあるということなのだろう。

全編通して、大人の短編という印象だ。



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