鷺と雪 


 2014.6.3     昭和の令嬢の生活 【鷺と雪】  HOME

                     

評価:3

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■ヒトコト感想

ベッキーさんシリーズの最終巻。昭和初期の、戦争へ突入する雰囲気が醸し出されている本作。一般人とはかけ離れた生活をするお嬢様の英子が日常で出会う謎を解明する。お抱え運転手であるベッキーさんのアドバイスにより、謎は解明するのだが…。昭和初期の令嬢の生活の不便さと、好きな人とも気軽に話ができない当時の雰囲気が特殊だ。

そんな中でも、日常の謎は存在する。子供が夜出歩いた理由を推理するのだが、普通はそこまでこだわるべきことではない。大変な時代のはずが、そこだけ文化レベルの高い、優雅な生活が描かれているだけに、ただの暇つぶしようにすら感じてしまう。能を楽しみ、気になる謎を解く。その後の暗黒の時代をまだ知らない子供たちが、少し哀れにすら思えてしまう。

■ストーリー

昭和十一年二月、運命の偶然が導く切なくて劇的な物語の幕切れ「鷺と雪」ほか、華族主人の失踪の謎を解く「不在の父」、補導され口をつぐむ良家の少年は夜中の上野で何をしたのかを探る「獅子と地下鉄」の三篇を収録した、昭和初期の上流階級を描くミステリ“ベッキーさん”シリーズ最終巻。

■感想
昭和初期の上流階級の華やかな生活を描きつつ、日常の謎を解き明かす。「不在の父」は、上流階級の主人が突如失踪し、その後、ルンペンの姿で見つかる物語。主人の失踪には、どんな理由が隠されているのか。上流階級にはそこにいる者にしかわからない悩みがある。

一般市民からしたら些細なことだが、上流ならではの悩みがある。家を守るために、貴族は貴族としてふるまわなければならない。本人の意思はどうあれ、それがその家に生まれた者の宿命となる。悲しいかな、これが貴族の宿命なのだろう。

「獅子と地下鉄」は、良家の少年が補導された。その理由を探る英子とベッキーさんは「ライオン」をヒントにするのだが…。東京の地理と当時の状況をある程度わかっていないと楽しめない。が、雰囲気はよくわかる。受験に苦しむ子供というのは、今も昔もかわらない。

良家の生まれであれば、なおさら失敗できないというプレッシャーがある。昭和初期、貴族の家に生まれたことの幸福を喜ぶべきなのか、宿命を恨むべきか。日常の謎をのんびりと解き明かす英子と、満足に教育を受けられないまま育つ子供。どちらが幸せなのか、なんてことをふと考えてしまう。

「鷺と雪」は、表題作なだけに印象深い。内容としては写真に写り込んだ、いるはずのない人の存在をめぐる物語なのだが、その他の内容が盛りだくさんだ。能楽あり、写真あり、芥川あり。やはり、それなりに文化レベルが高くなければ楽しめない。

昭和初期の文化に詳しいか、もしくは、日本の文化にくわしいか。本作を細かく楽しむためには、それなりの知識が必要であり、読む人を選ぶことは間違いない。ラストには、二二六事件を暗示させるような、不穏な終わり方となっているのがなんとも強く印象に残っている。

相変わらず読む人を選ぶ作品だ。



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