夕映え天使  


 2011.8.10  印象深い短編あり 【夕映え天使】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

いくつかとても印象に残る短編がある。驚きというか、読み終わったあとに強烈な読後感を残すものだ。ストーリー的にすぐれており、何より味付けがうまい。物語の本編以外にも細かな設定がすばらしく、何よりあざとさを感じないのが良い。作者の自然体というか、読者を驚かせようと余計な仕組みを入れるのではなく、作者の思いをそのまま物語りにしたような印象をうけた。どちらかといえば、泣ける作品より、泣きを狙わない作品の方があとに強く印象に残っている。特に「特別な一日」と「丘の上の白い家」はすばらしい。短編でありながら、へたな長編よりも印象深く、ミステリーを読み慣れていたからだろうか。ミステリー的ではないはずなのに、最後の最後にどんでん返しがまっているのには、かなり驚いた。

■ストーリー

東京の片隅で、中年店主が老いた父親を抱えながらほそぼそとやっている中華料理屋「昭和軒」。そこへ、住み込みで働きたいと、わけありげな女性があらわれ…「夕映え天使」。定年を目前に控え、三陸へひとり旅に出た警官。漁師町で寒さしのぎと喫茶店へ入るが、目の前で珈琲を淹れている男は、交番の手配書で見慣れたあの…「琥珀」。人生の喜怒哀楽が、心に沁みいる六篇。

■感想
「夕映え天使」は表題作であるだけに、確かにすばらしい作品だ。わけありな女性にはどんな理由があったのかや、なぜ突然いなくなったのかなど、読者の想像力をかきたてる要素が多数ある。最後の再会の場面では、人によっては涙を誘われるかもしれない。貧乏な中華料理屋で年老いた父親と二人暮らしのさえない中年男というのも、独特な雰囲気がある。ガツガツとした男ではなく、なりゆきにまかせて、人生を生きてきた男だからこその哀愁が漂っている。良い物語だとは思うが、その他の作品にインパクトがあったため、あまり印象に残っていない。

本作の中で強烈なインパクトを残したのは、間違いなく「特別な一日」だ。会社人生を終える最後の日。平凡なサラリーマンが様々な人に別れを告げながら、家に帰るまでを描いている。てっきり定年を迎えた男の哀愁漂う最後の一日を描いているものとばかり思っていた。そうだとしても、なんら問題なく、出世競争や社内不倫など、会社人生を振り返る良い作品だと感じた。定年を迎えたこの日、最後を誰と過ごすのか。なんの疑問もなく読み進めながら、最後に突然驚きの現実がまっている。このストーリーはすばらしい。定年=最後という先入観をうまく使っているすばらしい作品だ。

「丘の上の白い家」もすばらしい。作者は一つのテーマに絞るのではなく、様々な要素に読みごたえがある。人生経験の豊富さからだろうか、頭の中で思い浮かべる情景や、キャラクターが単一的ではない。本作であっても、金持ちの家の娘というのが登場し、かなり重要な役目をはたしているのだが、このキャラが本来なら憎らしいはずなのに、嫌悪感をいだかないから不思議だ。貧乏な学生二人が、丘の上に住む令嬢に憧れるなんていう、ステレオタイプな状況をうまく使っている。令嬢が必ずしもいい子だとは限らない。これまた印象深い作品だ。

作者の短編集の中では、もしかしたら歴代ナンバーワンかもしれない。




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