2011.8.25 侍の哲学的な戦い 【ヴォイド・シェイパ】
評価:3
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■ヒトコト感想
作者の文体があっている作品だろう。冷たいというか無機質というか、余計な情景描写がいっさいなく、そのものだけを淡々と描写する。世間知らずで剣ひと筋に生きる男というのもぴったりだ。剣での対決描写では、相手の呼吸や月の向きなどから動きを予測し、一瞬にして決着をつける。鮮やかというか、剣の戦いにつきものの熱さがない。主役のキャラクターが感情表現にとぼしく、それでいて皆に好感をもたれ、淡々と行動するというのもありがちだが、作者が描くとさらに輪をかけて、ロボットのような印象となる。冷酷非道というわけではなく、相手を倒すことに葛藤があるようだが、冷たさがある。このキャラは作者のファンならば、ある程度許容範囲に入るのだろう。
■ストーリー
ある静かな朝、彼は山を下りた。師から譲り受けた、一振りの刀を背に――。若き侍は思索する。強さとは、生とは、無とは。あてどない旅路の先には何があるのか。
■感想
山の中で師匠と二人の生活から、町へやってきたゼン。刀ひとつで旅にでるのだが、お決まりのように剣の腕はすさまじく、世間知らずで、少しずれた言動で相手を困惑させたりもする。ありがちといえばありがちだ。絶対的な力をもっていた師匠しか知らないゼンが、町にでるとどうなるのか。当然のごとく剣の腕を見込まれ戦うことになる。この戦いの描写が、作者独特というか非常にシンプルで、余計な描写が一切なく、ただ動きだけを表現している。そのため、異様に冷たい剣での対決描写となっている。
世間知らずの男が、行く先々で周りの人々に親切にされながら、悪者を打つ。わかりやすすぎる展開だが、戦いに対しての葛藤もある。戦うことを良しとせず、逃げることを第一に考える。ありきたりかもしれないが、バガボンドなどに登場する達人たちが言うことと同じだ。逃げることが重要といいながら、達人と出会うと手合わせをせがむなど、矛盾も感じられるが、いかにも続きがありますよという流れが気になった。本作単体としては、冷たい対決で、最初は興味深く読むことができたが、後半になるとそのキャラクターに少しダレてしまうかもしれない。
作者の戦いの描写を読み、頭の中で人物の動きを再生できるならば楽しめることだろう。何度もつばぜり合いがあるのではなく、一撃必殺的に最初の数撃で勝負が決まる。これが本来の侍同士の戦いなのかもしれない。ロボットのように感情のないキャラと、冷たくそして第三者的な目線で語られる戦い。他の歴史ものでの戦い描写に比べると、シンプルで新しく感じるかもしれない。本作もスカイ・クロラ的にシリーズ化されるのだろうが、今後どうなるかは、なんとなく想像できてしまう。
戦い一辺倒ではなく、後半ではちょっとした哲学的流れになっている。
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