歌うクジラ 上  


 2011.10.12  常識をくつがえす未来の世界 【歌うクジラ 上】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

近未来の日本。2122年という想像すらできない未来を作者は描いている。上流階級と下流が極端にわかれ、選ばれた人のみ不死の遺伝子を手に入れる。恐ろしいまでに階層化された世界だが、そうなる要素を感じさせる記述が多々ある。最も印象的なのは、「文化経済効率化運動」というものだ。究極まで効率化を目指した結果、方言や敬語がなくなる。信じられないことだが、この未来の世界ではありえるのかも、と思わせる説得力に満ち溢れている。棒食という栄養だけを満足させる食べ物や、罪人はテロメアを切りとられ老化を促進されるなど、興味深い世界がある。現在の常識をすべてひっくり返すような世界の中で、主人公であるアキラがどうなっていくのか、先が気になって仕方がない。

■ストーリー

2022年のクリスマスイブ、ハワイの海底で、グレゴリオ聖歌を正確に繰り返し歌うザトウクジラが発見された…。そして100年後の日本、不老不死の遺伝子を巡り、ある少年の冒険の旅が始まる。

■感想
かなり好き嫌いがわかれる作品だろう。作者の作品の中では、どちらかといえば「半島を出よ」に近いかもしれない。近未来の日本はとんでもない状況になってはいるが、その世界を人々はこれ以上ないほど幸福な世界として認識している。絶対にありえないと言えるほど、荒唐無稽な世界ではない。今の世界情勢を考えると、行き着く先は、わずかな上流階級と残りの大多数が下流となる世界しかないのだろう。恐ろしいほどリアルな世界かと思えば、アニメのような世界でもある。この複雑な世界を受け入れられるかで、評価は変わってくるだろう。

選ばれたものたちだけが手に入れられる不老不死のSW遺伝子。そして、犯罪者はテロメアを切り取られ、老化を促進させる世界。わかりやすいのかもしれないが、今の基準で考えるとありえない。しかし、物語の世界の中では、犯罪の抑制や評価の正当性から考えて真っ当な制度だという流れになるのだろう。恐ろしいのが、本作を読んでいると、その世界が当たり前のように思えてくることだ。今と比べると暗黒のような未来の世界だが、価値観が変わると、ある意味幸福な未来なのかもしれないと思えてくる。

物語がどういった方向へ進んでいくのかまったく想像がつかない。絶対的な権力をもつ男に導かれ、ある場所へと向かう主人公のアキラ。この先どんな出来事がまっていようと、アキラはすべてを受け入れ、前に進んでいくのだろう。この強烈な世界観をもう少し味わいたい気もするが、恐ろしくもなってくる。本当に100年後の未来は本作のような世界になっているのではないかと思えて仕方がない。人の想像力を刺激し、特に恐怖の描写に対しては、頭の中に刷り込むような描き方をしている。油断していると、物語の世界に取り込まれそうになる。

結末がどうなるのか。下巻が楽しみで仕方がない。




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