新参者  


 2011.5.25  短編に残る余韻がすばらしい 【新参者】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

ドラマを先に見ているために、内容はわかっていた。頭の中ではドラマ版の配役が動き回り、事件が解決に近づいていく。短編ひとつひとつに濃密な物語があり、そこで生活する人々の心が手に取るようにわかる。短編であれば、サラリと読み終わり、あまり印象に残らないのが定番だが、本作は連作ということもあり、すべてを通して一つの大きな作品を読んでいる気分になる。加賀の恐ろしいまでの推理力と、そこにある問題を読み取る力。驚くようなトリックがあるわけでもなく、不可解な事件ではない。それだけに、事件に少しでも関わる人の心を読み解くことで、物語の深みを感じることができる。ひとつの事件に対して、これほど大きな外堀があり、それを埋めていく加賀の地道な作業を読むのは、楽しくてしかたがない。

■ストーリー

日本橋。江戸の匂いも残るこの町の一角で発見された、ひとり暮らしの四十代女性の絞殺死体。「どうして、あんなにいい人が…」周囲がこう声を重ねる彼女の身に何が起きていたのか。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、事件の謎を解き明かすため、未知の土地を歩き回る。

■感想
今までの加賀恭一郎シリーズとは違い、加賀のキャラクターがずいぶんとフランクになったように思える。それはもしかしたら赤い指から本作の間に何か大きな出来事があったからだろうか。ドラマの加賀とは一致するが、シリーズの加賀とはリンクしない。そんな印象がまず一番にあった。加賀が地道に捜査する姿は描かれず、対象者側の視点で描かれる本作。必然的に、加賀は神出鬼没であり、えたいの知れない怪しい人物のように思えてしまう。しかし、その裏に隠された綿密な捜査と、加賀の慧眼には驚かされずにはいられない。

それぞれの短編にはまぎれもなく、登場人物たちの濃密な物語がある。大きな事件のひとつのオマケとしてではなく、その物語だけで長編作品が書けてしまうような物語だ。そのため、作者は細部にこだわるよりも、全体を把握させるために、個々の登場人物の細かな心理描写は描いていない。しかし、動きやちょっとした仕草の描写から、読者はその先を想像してしまう。特にひとつの短編が終わるとき、ちょっとした後に残る文章によって、その後、この人たちがどうなっていったかを想像してしまう。この余韻がすばらしい。

すべての短編を読んでこそ、ラストの結末に感動がある。あいだのどれが欠けたとしても、これほど感動することはないだろう。ドラマを見ているので、内容はわかっていたが、それでも、心に響くものがある。事件自体はたいしたことがなく、大きなトリックがあるわけでもない。それでも、これほどのめりこめるのは、読んでいるうちに、日本橋の住人となった気持ちになるからだろう。頭の中には、日本橋近辺の映像が思い浮かび、せんべい屋や水天宮におまいりしている気持ちになる。

事件の内容よりも、そこに関わりあう人々との繋がりを楽しむべき作品だろう。




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