2011.11.4 哲学的な問いかけ 【死ねばいいのに】
評価:3
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■ヒトコト感想
渡来ケンヤが、死んだアサミの話を関係者から聞きながら、最後に「死ねばいいのに」と呟く連作短編もの。ミステリー風でもあり、どこか哲学めいたところもある。特徴的なのは主人公である渡来ケンヤが、自分を卑下し続けるということだ。どんな相手にたいしても「自分は人間のクズだから」や「礼儀を知らない男」などと言う。最初にそう言われてしまうと、相手も怒ろうにも怒れない。なんだか良くわからないうちに、ケンヤのペースにのせられ、アサミの不倫相手や母親など、深い関係にある人々を混乱に陥れる。事件を解決するや、犯人を見つけ出すなんてことをケンヤは目的としていない。ただ、生前のアサミの話を聞きたいだけ。このヘンテコな主役のペースに巻き込まれ、なぜかいろいろと考えてしまう作品だ。
■ストーリー
死んだ女のことを教えてくれないか―。無礼な男が突然現われ、私に尋ねる。私は一体、彼女の何を知っていたというのだろう。問いかけられた言葉に、暴かれる嘘、晒け出される業、浮かび上がる剥き出しの真実…。人は何のために生きるのか。この世に不思議なことなど何もない。ただ一つあるとすれば、それは―。
■感想
「死ねばいいのに」というのは、不幸不幸と言いながら、それなりに生活ができている人々に対して、そんなに嫌なら死ねばいいのにという意味での言葉だ。突然たずねてきたこのケンヤという男は、若者らしいぶっきらぼうな言葉を使うが、自分を卑下し相手よりも下の立場に立とうとする。言葉づかいとその態度からは到底そうは感じられないが、言葉で言われると、まわりは受け入れるしかない。アサミの話を聞くといいながら、ケンヤはまるで精神カウンセラーのように、相手の話を引き出している。ヘンテコだがこのキャラは新しい。
物語がすすむにつれて、アサミの新しい真実が湧き出てくる。究極までに不幸な境遇と思われたアサミは、なぜ死んでしまったのか。ケンヤが話を聞くのは身内や関係者だけでなく、捜査を指揮する刑事にまでおよぶ。普通ならば頭のキレる探偵役がやる役割を、すべてケンヤがやってしまっている。それも、ただアサミの話を聞くというだけしかやらない。それぞれの短編の誰かがアサミを殺した犯人かも、というたぐいの物語ではない。苦労や不幸を嘆くものたちに、ケンヤが「死ねばいいのに」と最後に呟くだけの物語だ。
ラストには結末らしきものがある。結局のところ、ケンヤの存在によって登場人物たちは自分の不幸や苦労をつつみ隠さず告白し、後悔するのか、懺悔するのか、そのあとの心境は特に描かれていない。アサミの事件に関してはそれなりに結論はでているが、ミステリー的なトリックや謎があるわけではない。ほぼすべてが会話だけで成り立つ物語のため、考え方を変えると、非常に哲学的にも感じてくる。ヘリクツをケンヤがこねくりまわしているようにも思えるが、妙な説得力がある。チャライ言葉遣いであっても、へりくだっていると、奇妙な迫力があるのだと気付いた。
タイトルの過激さに比べると、内容はソフトだ。
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