左岸 下  


 2013.9.10     安定する女、激変する男 【左岸 下】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

上巻では茉莉の愛の物語だと思っていた。それが、下巻になり、茉莉の少し変化した日常の物語となっている。本作で衝撃的なのは、上巻では普通であったはずの祖父江九が、下巻では宗教団体のカリスマであり、超能力を操っていたりと、かなり特殊な状況となる。「左岸」が茉莉の物語で「右岸」が九の物語だが、がぜん「右岸」が読みたくなる。

いったい九に何が起こったのか。茉莉の目から見ると、九の変化は理解できない。九の急変ぶりに比べると、茉莉の安定した生活というのは読んでいて心地よくなる。母親が死に、娘が海外へ留学したとしても、茉莉は日々生きている。愛に生きるという印象は、いくぶん弱まってはいるが、茉莉は日常を力強く生きている

■ストーリー

愛する夫を事故で失った茉莉。傷ついた心を抱え、幼い娘と福岡からパリ、東京へと移り住む。娘のさきを育てながらバーで働き、男たちと交際しつつも、幼なじみの九と、いつもどこかでつながっていた。やがて福岡に戻った茉莉を、不思議な運命が待ち受けていて―。寄る辺のない人生を、不器用に、ひたむきに生きる女と、一途に愛を信じる男。半世紀にわたる男女の魂の交歓を描いた一大長編。

■感想
ポイントは間違いなく九の存在なのだろう。上巻ほど惣一郎に依存する描写がなく、男に対して激しく依存するという描写もない。自分でワインバーを経営するなど、自立した女の姿がそこにはある。ただ、今度は自分の元から離れていく娘や身内に対しての悲しみが語られている。

男なしでは生きられないと思われた茉莉が、自立し、たくましく生きる。娘がフランスへ留学する際の悲しみというのは、茉莉の満たされた生活にとって唯一の問題なのかもしれない。上巻からすると茉莉の変わりようには驚かされる。

茉莉の変化は、成長する変化のように感じるが、九の変化は特殊だ。茉莉や惣一郎と幼馴染だったはずの九が、時の人となる。追っかけや信者まで登場し始める。いったい九に何があったのか。上巻までの流であれば、茉莉と九がもしかしたらくっつくのかも?というイメージがあったが、そんな雰囲気はかけらもない。

兄・惣一郎の呪縛から逃れた茉莉と、様変わりした九。ふたりの対比を読んでいると、断然、茉莉の方が幸せになっているように感じてしまう。ただ、それは茉莉の目から見た九なので、九に何があったのかは「右岸」を読むしかない。

惣一郎や九との関わりが希薄になった代わりに、父親である新と娘のさきとの関係が濃密に描かれている。非現実的ではない当たり前の悩み。父親の介護や娘の親離れ。それらに当たり前に一喜一憂する茉莉というのは、男の影が消えたのと相まってずいぶんと普通になったように感じてしまった。

エキセントリックな上巻と比べると、安定の下巻というべきか。「右岸」ではまったく逆の展開かもしれないが、この「左岸」では、落ち着いた茉莉の生活が描かれている。

本作を読むと、九の変貌ぶりからも「右岸」を読みたくなる。




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