ポリティコン 上  


 2012.5.16   暗黒へ向かうユートピア 【ポリティコン 上】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

今の時代を連想させるキーワードが多数登場するが、それよりも、先の見えない暗黒へ向かいつつある物語から目が離せなくなる。ユートピアを目的として作られた唯腕村。村の次期理事長となるはずの男東一。村に流れ着いた美しい脱北者のスオンと、行動を共にする高校生のマヤ。東一の目的とする、村内のすべての女たちをはべらす生活というのは達成されるのか。村に襲いかかる高齢化の波。そして、うまい話の数々。社会派的なキーワードが散りばめられてはいるが、東一を含めた唯腕村がどうなっていくのか、そればかりが気になってしまう。終始暗く陰鬱な雰囲気が漂っており、明るい未来がまっているようには思えない。それでも、かすかな希望があるのかと期待して下巻を読みたい。

■ストーリー

大正時代、東北の寒村に芸術家たちが創ったユートピア「唯腕村」。1997年3月、村の後継者・東一はこの村で美少女マヤと出会った。父親は失踪、母親は中国で行方不明になったマヤは、母親の恋人だった北田という謎の人物の「娘」として、外国人妻とともにこの村に流れ着いたのだった。自らの王国「唯腕村」に囚われた男と、家族もなく国と国の狭間からこぼれ落ちた女は、愛し合い憎み合い、運命を交錯させる。過疎、高齢化、農業破綻、食品偽装、外国人妻、脱北者、国境…東アジアをこの十数年間に襲った波は、いやおうなく日本の片隅の村を呑み込んでいった。ユートピアはいつしかディストピアへ。

■感想
冒頭から脱北者の物語が登場し、なにやらきな臭い香りがただようスタートとなる。そこから唯腕村が登場し、ユートピアを目指した体制に圧倒されてしまう。村内ではすべてが共同で、年金すらもいったんは村に預け、そこから分配される。まるで小さな共産主義社会のように感じつつ、それがうまくまわっているカラクリが語られる。村の高齢化に悩む東一というのは、まるで高齢化社会へとばく進する日本を憂う学者のようだ。村の行く末に明るい未来はない。それがわかっていながら、東一がどうするのか、先が気になりページをめくる手が止められなくなる。

村の次期理事長となり、村の女たちを好き勝手に陵辱することを密かに願う東一。作者の作品では、男の浅ましい本能というか、上っ面ではなく、底のドロドロした部分を描くのがすばらしい。東一は理事長としていい顔をしたいという思いと、女たちをもて遊びたいという相反する気持ちに悩み苦しむ。果てしなく高まる欲望と、思い通りにいかない苛立ちというのがすべて物語りからあふれている。そのため、読んでいると、しだいに東一に感化され、気持ちの高ぶりを抑えられなくなる。

ユートピアがディストピアに変わるのはもはや規定路線だろう。うまい話に騙され、村が崩壊していくのは目に見えている。そうなったとき、村を頼ってきたスオンやマヤや外国人妻たちはどうするのか。村のために働いてきた老人たちは…。上巻はすべて崩壊の序章であり、この先下巻では暗黒へとまっさかさまに落ちていくのは明らかだ。明るく楽しい物語ではない。現代日本の問題が凝縮された村なのかもしれないが、解決策があるわけでもない。人によっては、辛く苦しい作品に感じるだろうが、目が離せないのは、唯腕村の行く末が気になるからだ。

下巻では唯腕村がどうなるのか、それだけが気がかりだ。




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