終わらざる夏 上  


 2012.2.28  赤紙の絶望感 【終わらざる夏 上】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

戦争の悲惨さを描いた作品は多くあるが、直接的な人の死や戦争の犠牲者を描くのではなく、赤紙によって戦地へおもむく人びとの苦悩を描き、戦争の理不尽さを表現している。物語としては、終戦後の北の孤島での知られざる戦いがメインなのだろうが、本作はそこに至るまでの登場人物紹介となっている。翻訳出版者に勤める男や、医学生や、傷痍軍人の男など、戦争の犠牲者には違いないが、召集されるまでのプロセスが心打たれてしまう。戦争とはなんて理不尽で無意味なものなのか。一つの赤紙が本人だけでなく、家族や同僚などすべての人びとに与えるインパクトは計り知れない。いつ終わるとも知れない戦争の、終わりの見えない暗闇を、様々な視点から描く良作だ。

■ストーリー

第二次大戦末期。「届くはずのない」赤紙が、彼を北へと連れ去った―。北の孤島の「知られざる戦い」。あの戦いは何だったのか。着想から三十年、著者渾身の戦争文学。 上巻では、3人の占守島への旅を軸に、焼け野原の東京、譲の疎開先、鬼熊らの地元・盛岡の農村など、様々な場所でのそれぞれの「戦争」を、多視点で重層的に描いていく。

■感想
戦争の悲惨さを端的に描くのならば、兵士の死や、極限状態での殺し合いを描けばわかりやすい。本作は戦地での激しい戦闘を描くのではなく、そこへ向かう者たちの苦悩を描くことにより、戦争の理不尽さを表現している。年齢制限ギリギリのはずの自分がなぜ?戦争で指のない体になった自分がなぜ?まだひよっ子の医学生がなぜ?と赤紙に対する疑問はつきない。赤紙の不幸は本人だけでなく、その周りの人びとにも、とてつもなく大きな影響を与える。こんな世の中があっていいのかと、平和な世に暮らす読者は衝撃的な思いと、やるせない気持ちで読むことだろう。

疎開の地で暮らす子供や、焼け野原となった東京に残された女たち。誰もが負けるとわかっていながら後戻りできない現実。広島に原爆が落とされたと知ったときの、尾方のとっさにでた言葉というのが、まさにすべてを表しているのだろう。「もうやめましょう」と、誰もが思っても言い出せない言葉だ。そんな状況になりえた世界というのは、今の自分にとっては衝撃でしかない。物語のメインは終戦後の占守島での「知られざる戦い」なのだろうが、すでに助走段階でこれほど衝撃を受けるとは思わなかった。

悲惨な現実でありながら、陰鬱な暗い雰囲気ではないのが救いだ。役目を知らされないまま占守島へ向かう者たち。死を覚悟しているはずが、先が見えないだけによけいに未練が残るのだろうか。死を覚悟した状態というのは、普通は理解できない。かすかな希望があり、生きるチャンスがあれば、そこにしがみつきたくなる気持ちもわかる。戦時中の異常な状況であっても、理性的に行動する男たちを読んでいると、なんだか悲しい気分と共にへんな勇気がわいてくる。

今後の展開はわからないが、赤紙によって理不尽に連れ去られた者たちはいったいどうなるのか、目がはなせない。




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