また次の春へ  


 2013.10.19     震災後の人びとは… 【また次の春へ】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

東日本大震災後の東北を中心とした物語。ただでさえ過疎化がすすんだ村が震災により、さらに若者が離れていく悲しみ。そして、放射能により見えない毒がまき散らされる場所。怒りや憎しみというより、悲しみの色合いが強い。それぞれの短編に深く関わる震災の傷跡。虚構の物語なのだろうが、現実にありそうな物語ばかりだ。

震災により友達を亡くした物語。被災者に対して何か手助けできないかと考える家族の物語。震災後、行方不明となった年老いた両親に、いつ踏ん切りをつけるか悩む物語。震災を経験した人、震災にかかわった人は何かしら共感できるだろう。読んだときの精神状態によっては、泣けてくるかもしれない。東日本大震災は、とてつもなく多くの人びとに影響を与えたのだと、思い返さずにはいられない短編集だ。

■ストーリー

冬を越えたあとに待つ春を、また思う。次の春も、また次の春も、おだやかな暖かい日がつづくといい。「また次の春へ」より終わりから、始まる。厄災で断ち切られたもの、それでもまた巡り来るもの。喪失の悲しみと、再生への祈りを描く、7つの小さな物語。

■感想
最初の「トン汁」にはやられてしまった。震災とは直接関係はないが、突然この世を去った母親と、残された父親と姉兄弟の物語だ。母親の得意料理のトン汁を父親が独自にアレンジする。それは決しておいしくはないが、父親の愛情がこもっている。

父親と姉兄弟三人がコタツに座ってもやし入りのトン汁をすするシーンは、思わず涙がこみ上げてくる。親しい人の突然の死というのは、誰の心にもぽっかりと大きな穴を作る。姉兄弟が成長し、思い出のトン汁を語るシーンは、なんだかとてつもなくほっこりと温かい気持ちになる。

「しおり」は、幼馴染が津波にのみこまれ行方不明となった女子中学生の物語だ。高校入試を終え、解放感にあふれた時期を過ごすとき、突然訪れる大震災。行方不明となった幼馴染の家族の困惑と、周りの戸惑いを痛いほどリアルに描いている。

女子中学生目線の物語なので、それほど嘆き悲しむという描写はない。あくまでも冷静に、周りを観察している。心が痛くなるのは、幼馴染の母親が、いつ息子が帰ってきても良いように、部屋は窓も開けずそのままにしているという部分だ。何かひとつでも移動させたり片づけると、それだけですべてが変わってしまいそうになる。なんだか悲しくて仕方がない。

「記念日」は、被災者に対して何か手助けはできないかと考える家族の物語だ。被災者は一刻も早く普通の生活が送りたい。生活必需品はあるが、普通に生活するには足りないものがある。それがカレンダーだ。家族はお古のカレンダーを送るにあたり、被災者に気を遣い記念日を消したりもする。

被災者がどんな感情でカレンダーを受け取るのかはわからない。作中の気の使い方は正しいと思うが、中には違った考え方をする人もいる。被災者支援というのは難しい。それが嫌な意味での難しさではなく、前に進むためにはいろいろな考え方がるのだと思い知らされた作品だ。

震災を報道でしか見ていない自分にとって、すでに忘れ去ろうとしていたが、あらためて思い出すきっかけとなった。




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