硝子のハンマー  


 2011.2.21  犯人目線の物語が深い 【硝子のハンマー】

                      評価:3.5
貴志祐介ランキング

■ヒトコト感想

誰も思いつかないようなトリック。探偵役のキャラクターがすばらしく、悪のにおいを漂わせながら密室の秘密を暴き出す。トリックの複雑さや、監視カメラやその他のウンチクなど、かなりしつこく感じるくらい細かく描かれている。好き嫌いが分かれるだろうが、濃密なのは確かだ。ただ、それだけであればトリックが複雑なミステリーでしかない。本作がすばらしいのは、後半に犯人目線でトリックを実行するまでが描かれており、犯人への感情移入によって物語に悲しみの要素まで付け加えていることだろう。単純に犯人が金目当てに複雑なトリックを実行したというのではなく、犯人のバックグラウンドまで描くことで、物語に深みが増している。

■ストーリー

エレベータに暗証番号、廊下に監視カメラ、隣室に役員。厳戒なセキュリティ網を破り、社長は撲殺された。凶器は。殺害方法は。弁護士純子は、逮捕された専務の無実を信じ、防犯コンサルタント榎本の元を訪れるが--

■感想
防犯コンサルタントが探偵役となり、不可解な密室の謎を解き明かそうとする。密室トリックというのは多少強引なオチが定番のように思っていたが、本作はまさに驚きのトリックとなっている。強引さを感じることはなく、納得できるトリックだ。さらに防犯コンサルタントのキャラクターがすばらしく、単純に良い人ではないのがすばらしい。密室を調べる動機も、犯人の完璧な計画に対する嫉妬が、秘密を解き明かす力となっている。探偵役としては異色だが、この独特なキャラクターが物語を面白くしている。

探偵役が活躍し、困難な謎を解き明かす前半。そのまま終わったとしてもミステリーとして何の問題もない。ただ、ごくありふれたトリックが難しいミステリーと感じたことだろう。ページの分量も半分ですんでいたかもしれない。本作は後半から犯人側の視点を描くことで、物語に深みをだしている。犯人がどういった心理状態で、なぜ複雑なトリックを実行したのか。犯人の心理が理解でき、犯罪に手を染めるまでの葛藤を読むと、知らず知らずのうちに犯人を応援するような気持ちになってくる。

青の炎の時も感じたことだが、犯人が悪いのは悪い。しかし、そこにいたるまでの物語を読んでいると、単純に悪として断罪することはできない。防犯コンサルタントと犯人。この二人の魅力的なキャラクターが直接対決する場面はみものだ。そして、できるならば犯人はこのまま犯罪が露見せず逃げきってほしいという気分で読んでしまう。変に犯人擁護をしているような物語ではなく、どうしようもない状況から抜け出すための決断というのが、心打たれてしまう。作者の作品全般に言えることだが、犯人の心理を描くのがものすごくうまいと思った。

トリックは複雑で小難しいが、物語は深い。




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