青の炎 貴志祐介


2011.2.14  悲しみがこみ上げてくる 【青の炎】

                     
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■ヒトコト感想
なんともいえない悲しさがこみ上げてくる。平和な暮らしを手に入れるため、完全犯罪に手を染めた秀一の思いを想像すると苦しくなってくる。取り返しのつかないことをしたあとの後悔と、後戻りできない状況の辛さ。完全な善ではないが、悪ともいえない。秀一の行動のひとつひとつが、すべて他人のために自分を犠牲にしようとしている。それだけに、秀一に感情移入してしまう。完璧と思われた計画にほんの少しの穴が見つかった時、追い詰められた秀一の心を想像すると、辛くて心がはちきれそうになる。映画を先に見てはいたが、本作の方がはるかに悲しみの感情が強い。自分の起こした行動で家族にどれだけ迷惑がかかるかを想像し苦しむ秀一。ラストの流れはあまりにも悲しすぎる。

■ストーリー

秀一は湘南の高校に通う17歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹の三人暮らし。その平和な生活を乱す闖入者がいた。警察も法律も及ばず話し合いも成立しない相手に秀一は自らの手で殺害することを決意する。

■感想
映画の印象は、孤独な少年が凶行に手を染めたというものだった。その流れであれば、これほど悲しみを感じることはなかっただろう。孤独感というものを強く感じた少年が大人に対して反抗するという、わりと良くあるパターンだ。本作の印象はまったく違う。衝動的でもなければ、大人への反抗でもない。孤独感というよりも、どちらかといえば使命感といった方が強いかもしれない。行動を起こさなければ、平和な日常を取り戻すことができないという使命感によって突き動かされた秀一の行動。すべてが計画的であるだけに、考えつくされた上での行動という理由が成り立ってくる。

読んでいると、心が苦しくなってくる。自分がどうなるかということよりも、まず第一に家族のことを心配する。冷静沈着で、完全犯罪に失敗した場合を頭の中でシミュレートする。冷静ではあるが、冷酷非道な印象は受けなかった。それは恐らく、秀一の行動に対して、どこか強く共感するものがあったからだろう。紀子という女生徒との関係であっても、涙無しには読めない。普通の高校生であれば、普通らしい関係を築けたはずが、すべては秀一の行動によって悲しみのみが後に残ることになる。

映画よりも大人たちの印象は少ない。ほぼすべてといっていいほど、秀一が起こす行動に対しての悲しみばかりがジワジワと押し寄せてくる。母親や妹が、うっすらと感じながら、友達たちも何かを感じながら秀一をかばう。追い詰められつつも、平静を保ちながら、心の中では逃れようのない恐怖と苦悩の毎日を過ごす秀一。思わず自分が秀一の立場だったらと想像してしまう。誰よりも家族のことを考えた秀一だからこそ、すべての行動に説明がつくのだろう。ありきたりなキレる若者を描いた作品ではない。心にしみ渡る余韻がある。

本作の終わり方が、またさらに悲しみを増大させている。



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