覆面作家の愛の歌  


 2011.10.21  複雑なトリックのミステリー 【覆面作家の愛の歌】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

覆面作家シリーズの第二弾。前作よりも覆面作家としての重要度が上がっており、ミステリー的な複雑さも上がっている。しかし、こんどはお嬢様の二重人格的な部分のインパクトが薄れている。どうしようもないことなのかもしれないが、どちらかといえば、覆面作家としてより、内と外で人格がガラリと変わる特殊なお嬢様の活躍を読みたかった。いつものごとく、お嬢様が事件を解決するのだが、今回はすべての事件が結構深刻だ。行方不明に誘拐に殺人と事件のトーンに比べると、お嬢様を含めたリョウスケたちのシリアスさが伝わってこない。複雑なミステリーがあり、作者の苦労をうかがい知ることができるが、このシリーズには似合わない複雑さだと感じてしまう。

■ストーリー

ペンネームは覆面作家―本名・新妻千秋。天国的美貌でミステリー界にデビューした新人作家の正体は、大富豪の御令嬢。しかも彼女は現実に起こる事件の謎までも鮮やかに解き明かす、もう一つの顔を持っていた!春のお菓子、梅雨入り時のスナップ写真、そして新年のシェークスピア…。三つの季節の、三つの事件に挑む、お嬢様探偵の名推理。

■感想
三作が収録されているが、「覆面作家のお茶の会」はまさにシリーズの雰囲気そのままに、お嬢様がある出来事を解決する。家族のことを考えての行動で、犯罪や悪という印象はない。覆面作家という意味はほとんどなく、二重人格としての面白さもない。単純にお嬢様がいつもの推理を働かせ、謎を解き明かすといった感じだ。事件の真相が明らかとなり、日本の制度的な問題を声を大にして語りたかったのだろう。現実に起こっている問題を、事件を通してわかりやすく伝えてくれるのは、さすがとしか言いようがない。

「覆面作家と溶ける男」は深刻な誘拐事件で、ミステリアスで恐ろしさはある。ただ、事件の内容からすると、ずいぶんと軽いというか、お嬢様やリョウスケたちのキャラクターもあるが、深刻には感じない。ひとつ間違えれば、陰鬱で救いようの無い物語になりがちだが、すれすれのところでユーモアを交え明るいタッチにしている。このあたりから、キャラクター重視から、事件解決のプロセス重視になったような気がする。驚くようなトリックではなく、多少無理矢理な部分はあるが、それでも読者の予想を裏切る仕掛けであることは間違いない。

ラストの「覆面作家の愛の歌」は表題作だけに魅力はある。特にトリックが複雑で、すんなり理解できる人は少ないだろう。アリバイ崩し的な要素もあるが、南條のキャラクターが、嫌な奴でありながら魅力的という、悪役にはもってこいのキャラなので、そこに惹かれるというのはある。数多くのミステリーを読んできたが、本作のトリックは初めてだ。本当にこんなことができるのかという疑いの気持ちと、無理矢理だが不可能殺人の解としては理想的だという印象もある。トリックを理解できないと、本作の面白さは半減してしまうだろう。

キャラクター重視から、純粋なミステリーとしてトリックを楽しむべきシリーズに様変わりしている。




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