悪の教典 下 貴志祐介


2012.3.27   悪のカリスマが地に落ちる瞬間 【悪の教典 下】

                     
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■ヒトコト感想

上巻で描かれた蓮実の悪のカリスマ的魅力は、本作でただのどす黒い悪の塊に変化している。どのような悪事を犯したとしても、その頭脳と経験に裏打ちされた行動により、危機をのりこえる快感が上巻にはあった。それが本作では、悪の証拠を隠すためにさらに大きな悪事を犯すだけの、行き当たりばったりの行動に思えてくる。ただ、その手法が大胆というか、そこまでやるかという常軌を逸した行動に圧倒されてしまう。悪もここまで突きつめれば、主人公となってしまう。ラストの高校内部での出来事は、追いつめられた生徒たちよりも、狩る側の蓮実の計画がすべてうまくいくことを願いつつ、ドキドキしながら読みすすめた。吐き気をもよおすような悪のはずが、魅力的なのは不思議だ。

■ストーリー

とびきり有能な教師がサイコパスだったとしたら、その凶行は誰が止められるのか。高校を襲う、血塗られた恐怖の一夜。極限状態での生への渇望が魂を貪りつくしていく。

■感想
悪のカリスマが、ただの犯罪者へと成り下がる流れが克明に描かれている。すべてを計算し、完璧なる計画のもと悪事を実行していたはずの蓮実が、行き当たりばったりで悪事を繰り返すことになる。それはひとつの悪事の証拠を隠すために、次々と連鎖的に実行せざるお得ない状況のためだ。ある意味追いつめられた蓮実だが、その段階へきても、なぜか蓮実ならばという変な期待がわいてくる。絶対絶命と思われた瞬間、運も味方しつつ、蓮実は切り抜ける。このピンチから脱出し、さらに悪事が加速していく感覚はすばらしい。悪に対しての変な魅力にあふれている。

追いつめられた蓮実が、最後まで計画を実行し、今回もまたなんの証拠も残さず切り抜けるかと思われた矢先…。蓮実という得たいの知れない異常者に対しての感情が、一番嫌悪感に変わったのは、最後に蓮実が観念したあとの場面だ。生徒たちから糾弾され、言い逃れできない証拠があるにも関わらず、新たな仕掛けを作る。どこまでも往生際が悪く、そこで怒りの気持ちがピークに達する。それまでの悪のカリスマが、ここへきて一気にただの小ズルイ犯罪者に成り下がっている。

全編とおして蓮実の魅力で引っぱった本作。信じられないような凶行をあっさりとやり遂げるあたり、悪の魅力は頂点へと達したが、そこから地の底へ落ちるまでは早かった。蓮実対生徒たちの知恵比べ的な流れになってはいるが、根本は蓮実の圧倒的な悪事を、ただ運命に逆らえない生徒たちが受け入れるしかない物語だ。あまりに残酷な場面が続くと、マヒしてくる。それは、つまり蓮実と同じような感覚になっているということなのだろう。人の奥底に潜む悪のヒダを、こちょこちょとくすぐってくるような、悪の魅力あふれる作品だ。

本作のラストのような形しか終わらせようがないのかもしれないが、蓮実の不気味さがにじみでたラストだ。



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