山ん中の獅見朋成雄 舞城王太郎


2010.11.13  逸脱した世界の中で 【山の中の獅見朋成雄】

                     
■ヒトコト感想
背中に馬の鬣のような毛が生えた少年の奇妙な物語。どこか昔話的で、不思議な印象を残す作品だ。作者の今までの作品であれば、ラストに強引なミステリーを用いて、なんだかわからないうちに終わっていたが、本作に限ってはそんなことはない。しっかりとストーリーがあり、どこか煙に巻かれたような感覚は残るが、魅力はある。相変わらずの福井弁はさておき、成雄と書家であるモヒ寛との関係の面白さ。だいたい名前が特殊すぎる。獅見朋成雄にモヒ寛だなんて、あまりにふざけすぎているようだが、内容はいたってマジメだ。文体的な特徴もあるが、作者の描く不思議な世界は、現実に存在するように感じてしまう。逸脱した世界の中で、成雄が経験した信じられないような出来事を読むのは非常にここちよい。

■ストーリー

中学生の獅見朋成雄はオリンピックを目指せるほどの駿足だった。だが、肩から背中にかけて鬣のような毛が生えていた成雄は世間の注目を嫌い、より人間的であることを目指して一人の書家に弟子入りをする。人里離れた山奥で連日墨を磨り続けるうちに、次第に日常を逸脱していく、成雄の青春、ライドオン。

■感想
60歳のモヒ寛と13歳の成雄、孫と祖父程度年齢の離れた二人がおりなす会話は不自然だが面白い。独特な福井弁で生意気な成雄が暴れまわる。背中に馬の鬣のような毛が生えているということに、どういった意味があるのか。鬣のおかげで足が速くオリンピック候補として強化選手に選ばれたのだろうか。成雄の俗世間の名誉とはかけ離れた思考原理。オリンピックよりもモヒ寛との書道や相撲を選ぶ。このなんともいえない豪快な成雄のキャラクターが、物語を爽やかなものへと変えている。足が速くて喧嘩も強く、モヒ寛の危機には身を挺して助けようとする。成雄のすっきりとした考え方はすばらしい。

モヒ寛が怪我をし、犯人を探し出そうと山の中へ入っていく成雄。ここで、またよくわからないトリックを用いたミステリーが始まるのかと思いきや、そうはならなかった。山の中では奇妙な世界があり、そこに取り込まれるように成雄はなじんでいく。この山の中の世界というのが非常に奇妙だ。独特な風習と残酷な場面であっても、それがさも当たり前のように日常が流れていく世界。成雄の細かいことを疑問に思わない豪快な性格と、モヒ寛のすべてを知り尽くしたような言葉。この不思議な世界にはどういった意味があるのか、いつの間にか不思議な世界に飲み込まれてしまった。

村上春樹的な雰囲気もありつつ、しっかりとラストまで描かれている。曖昧なまま終わるのではなく、ある程度の決着をつけている。成雄と背中の鬣の関係や、不思議な世界の正体など、一切が謎のまま終わっているが、消化不良の印象はない。残酷な出来事を、食事をするのと同じくらい簡単にやりとげてしまう成雄。そのことに悲しむモヒ寛。すべてが異常な世界ではなく、正常な感覚がかすかに残り、どんどんと大きくなり、最後は正常な感覚がすべてを覆いつくす。キャラクターのよくわからない魅力と共に、世界の不思議さにどっぷり浸かってしまった。

ミステリーの要素はなくとも十分楽しめる作品だ。



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