月の裏側 恩田陸


2010.6.20  人が”盗まれる”という恐怖 【月の裏側】

                     
■ヒトコト感想
ある土地で人が突然失踪し、何日か後にその間の記憶をなくした状態でもどってくる。不可思議な事件の調査としてスタートする本作。怨恨がらみか、犯罪がらみか、いずれにしても現実的な答えが示されるかと思っていたが、中盤から明らかに物語のトーンはオカルトへと移っていく。得体の知れないモノの恐怖。水が鍵となり人を”盗む”という発想。作中では信じられないような超常現象を目の当たりにし、それをあっさりと信じ現象の考察をする。論理的な展開であるようにみせかけておきながら、実はとんでもない方向へと物語りは動いていく。どことなく村上春樹的な雰囲気を感じるが、本作はしっかりと結末を描いている。ただ、納得できるかは別問題だ。

■ストーリー

九州の水郷都市・箭納倉。ここで三件の失踪事件が相次いだ。消えたのはいずれも掘割に面した日本家屋に住む老女だったが、不思議なことに、じきにひょっこり戻ってきたのだ、記憶を喪失したまま。まさか宇宙人による誘拐か、新興宗教による洗脳か、それとも?事件に興味を持った元大学教授・協一郎らは“人間もどき”の存在に気づく…。

■感想
突如発生した誘拐事件が、いつの間にか人間自身の存在にまで関わってくる。自分の存在がいったい何者なのかという、まるで中学生あたりが悩むような存在意義を考える登場人物たち。それは、考えざるを得ない状況を目撃したからにすぎない。オカルト的現象が早めに登場してくる。読者はこのオカルト現象にも、何か現実的な理由があり、論理的な回答がでてくるものと想像するだろう。国をあげて科学的な何か実験なのか。新手の犯罪兵器か。もしくは天変地異か。それらの想像を裏切る、オカルト現象が答えとなっている。

登場人物たちのキャラクターが、自由気ままな雰囲気で生活観を感じさせないことが作品全体の雰囲気にも大きな影響を及ぼしているのだろう。これが日々の生活や仕事のストレスであくせくしているような登場人物であれば、なるようになれという想いが強くなるだろう。真実を追究するだとか、何かを告発するというのはとてもパワーと時間が必要なのだ。本作の登場人物たちが好奇心旺盛なのは、恵まれた生活と、その人物像の裏にある人間関係をあまり感じることがないからかもしれない。

白雨という猫が登場し、得体のしれないモノとの対決すらにおわす本作。村上春樹作品によくあるパターンで、その結果はまったく明らかにせず、すべては不思議な現象として終えている。それにくらべると本作は、はっきりとした結末を示しているのでまだすっきりするかもしれない。人間を”盗む”という謎の現象が、誰が何のためにということよりも、それがあたかも太古の昔から続けて行われている儀式のように思わせるのが作者の方法なのだろう。今までの作者の作品になんとなくだが通じるところがあるかもしれない。

”月の裏側”というキーワードについては、ほとんど印象に残っていない。



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