2009.5.24 墓場まで持っていく話 【草原からの使者-沙高樓綺譚】
■ヒトコト感想
墓の中まで持っていくほどの話を、訥訥と語りだす人々。議員秘書や御曹司、大馬主やアメリカ兵の元大佐。それらが語る話は奇妙でそして面白い。語る人々が普通とは違う経歴の持ち主であるだけに、話もまたかなり別世界のものかもしれない。莫大な金を手にしていたり、それなりの権力をもっていたり。うらやましいほどの境遇であるだけに、その身に降りかかった奇妙な出来事には、興味を惹かれずにはいられない。ありえないと思う気持ちの中でも、その奇妙な出来事に楽しさを感じてしまう。特に表題にもなっている「草原からの使者」は昔からの競馬ファンならば、興味津々に読むことだろう。最近競馬にこりだした新参者にとっても、非常に興味深く読むことができたくらいだからだ。
■ストーリー
議員秘書が語る総裁選の裏に隠された秘密、若くして財閥を継承した御曹司の苦悩、高名な大馬主が競馬場で出会った謎の老人、アメリカ人の元大佐が語る“もうひとつの退役”―各界の名士が集う秘密サロン「沙高樓」で、私はまたしても彼らの数奇な運命に耳を傾けることになった…。
■感想
各界の名士たちが、それぞれの話を語りだす。どこか、世間の風潮を揶揄するような作者の思いが入っているのかもしれない。政局のキモを占い師に託し、その結果、様々な影響を及ぼす。今の日本の政治家、特にころころと変わっていく総理大臣を明らかに意識した内容となっている。そして、莫大な財産を手に入れた御曹司の話。一般的には金がないという悩みはある。しかし、金がありすぎて困り、自由になりたいと思う気持ちから起こった不思議な出来事。金がありすぎてというのが、普通の人が想像する以上の規模なので、もはや常人では計り知れないステージへと上り詰めている。
表題にもなっている「草原からの使者」。これは、昔からの競馬ファンにとってはたまらない作品なのだろう。ハイセイコーという今でいうディープインパクト並みの強さを誇っていた馬が、ダービーでどのような結果を残すのか。そして、それによって、とてつもなく大きな資産が動くことになる。自分の資産をそっくり譲る後継者選びに競馬を使うなどというのが、まず異常なのだが、それによって莫大な資産を手に入れた男も、奇妙といえば奇妙だ。モンゴルから来た老人の言葉を信じ、普通ではありえないような馬券を買う。それはハイセイコーがどのような結末を迎えたかによって変わってくることだ。
最後に登場する退役軍人の話だけ、ちょっと毛色が違っている。しかしこれはもっとも作者らしい作品といえるだろう。軍を退役した後に待っているのは男としての退役。退役の印として登場するのが、まぁ、昔から都市伝説としてよく言われていることを、さらにバージョンアップさせたような形だ。常識的に考えるとありえない。しかし、その姿を想像すると、思わず痛みが走ってしまう。男の終わりを告げるのが、そのような辛い印ならば、その印が登場するまで頑張るつもりはないと思ってしまう。いかにも作者らしい語り口で、下品なものも下品に感じさせない何かがある。
特殊な人々が語る話は、経歴に負けず劣らず特殊なものだった。
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