震度0 横山秀夫


2009.6.10  強烈な県警内部の権力争い 【震度0】

                     
■ヒトコト感想
作者の作品は野心と保身に満ち溢れた人々が多数登場する。すべてがそのような警察官ばかりではないのはわかっているが、読んでいると、そのドロドロとした内幕を見るにつけ、この国の警察はどうなっていくのかと思ってしまう。複雑な組織の中で巧妙な駆け引きが繰り広げられる。キャリアやノンキャリアたちのせめぎあい。作者はこの手の作品を描くとピカイチだ。特にそれぞれの部署の部長たちが、お互いけん制しあい、自分が主導権を握ろうと必死になる。事件を解決に導くよりも、まずは自分のことを考える。それは警察官として非常に許せないことなのだが、この展開は読んでいてドキドキしてしまう。息の詰まるような権力争い。最終的に勝者となるのはいったいだれなのか。本作に限っては明確な主役はいない。そして、登場人物がかなり高齢なのも特徴なのだろう。

■ストーリー

阪神大震災の前日、N県警警務課長・不破義仁が姿を消した。県警の内部事情に通じ、人望も厚い不破が、なぜいなくなったのか?本部長をはじめ、キャリア組、準キャリア組、叩き上げ、それぞれの県警幹部たちの思惑が複雑に交差する…。

■感想
警務課長や本部長。他の推理小説などでは、下っ端の刑事たちにとっては雲の上の存在である幹部たち。聖人君主たる意味合いで描かれていることが多い。それが本作では、一人の人間として野心と保身にまみれた姿を描いている。部長どうしの腹の探りあい。下手に権力をもっているだけに、やろうと思えばいろいろなことができてしまう。キャリアだろうがノンキャリアだろうが、権力にしがみつく様にかわりはない。県警幹部というのが、どの程度の力を持っているのかイメージできない。未知の世界でありながら、どこの社会にもある普通にドロドロとした組織なのだと思わずにはいられなかった。

本作は、登場人物たちが高齢なこともポイントとなっている。キャリア組み以外はすべて50代。しかし、その思考原理は50代とは思えないほど野心にあふれている。いや、50代だからこそ保身に走り、天下り先を考えるのだろう。県警幹部たちのピリピリとしたやりとりは、クライマーズ・ハイにも通じる部分がある。ただ、クライマーズ・ハイでは一人の主人公が権力に立ち向かう姿が描かれていたが、本作では明確な主人公はいない。しいて言えば、一番若い冬木がそうなのかもしれないが、最後には権力にしがみつく悪の権化のような存在となっている。権威に反発するという爽快感はない。しかし、組織内での軋轢には圧倒されるものがある。

一つの事件がきっかけとして主導権争いや、その後のポスト争い、将来警察庁長官を目指すための保身、天下り先。すべてが複雑に絡み合い、本来なら協力して事件を解決するはずの幹部たちが、情報を隠匿しはじめる。権力者同士の争いというのは一歩間違えると、とたんに嫌悪感を抱かせるが、本作のようにきっちりとそのバックグラウンドを説明されると、なんだか妙に納得できてしまう。最後には警官としての倫理を重んじるのか、それとも自分たちの保身のみを考えるのか、結論はすべて読者にゆだねられている。事なかれ主義が横行するなかで、一筋の希望が見えたような気がした。

事件というよりも県警内部の権力闘争。とても興味深く読むことができた。



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