潜水服は蝶の夢を見る 


2010.4.9  孤独感と苦しさは映画よりも伝わってくる 【潜水服は蝶の夢を見る】

                     
■ヒトコト感想
映画版を見たときの余韻がさめやらぬまま本作を読んだ。読んでいる間中あるのは、映画の映像ばかりだ。そればかりか、作中で少しわかりにくい箇所があっても、映画の映像を思い出し、補完していく。もし、映画よりも先に本作を読んでいればまた違った感想を持ったことだろう。左目の瞬きだけで小説を書いたという衝撃は、文章よりも映像の方が大きい。作者の心の叫びや、陥った境遇に対する想いは確実に本作の方が伝わってくるが、映像のインパクトの前にはかすんでしまう。この奇跡の手記はロックトイン・シンドロームという世にも恐ろしい状態に陥ったものだけが感じられる世界だ。その世界を垣間見れたことに、本作を読む価値があったというものだ。

■ストーリー

すべての自由を奪われても魂の叫びは消せない。難病LISに冒され、すべての身体的自由を奪われた『ELLE』編集長。瞬きを20万回以上繰り返すことだけで、この奇跡の手記は綴られた。愛する人たちや帰らぬ日々への想いが、魂につきささる。

■感想
身体的自由を奪われる前は、華やかな生活を送っていたのだろう。その描写は映画よりも強烈に伝わってくる。それはまるで、自分では手の届かない遥か高みに上ってしまった思い出を、強烈に美化しているようにも感じられた。左目の瞼だけで本を書く。その途方も無い作業と、作者の心の変化が伝わってくる内容だ。多くのページを妄想の世界描写にさき、それ以外はロックトイン・シンドロームの世界を語っている。周りの人間からは想像できない世界。体が動かないだけで、思考や記憶は正常となる。ちょっとした体の位置や、まつげが刺さって痛いが何もできないなど。正常な人間ではまったく想像できないが、思い浮かべると恐ろしくなってしまう。

ロックトイン・シンドロームを潜水服を着た状態と描写する作者。視界と聴覚だけですべてを判断する。その聴覚であっても不調をきたしていたらしい。映画版では感じることのできなかった、作者の苛立ちや不便さは本作を読まなければわからないだろう。幸せで華やかな世界から、すべての生物の中で最下層にまで落ちてしまった作者。淡々とユーモアも交えて語られる文体からは、悲壮感はただよってこないが、実際にはそうとうな苦悩の日々だったのだろう。

映画版を見た後に本作を読むと、映画はわりと原作に忠実に描かれていたというのがわかる。そして、やはりこの作品が目の瞬きだけで書かれたものとは思えないほど強烈なインパクトがある。ちょっとした情景描写やユーモアを交えた語り口。途方も無い作業の中で、一つの文章を完成させては確認という作業を繰り返していたのだろう。外の世界と唯一繋がる手段として、どんなにしんどくても、作者はその作業をやめることができなかったのだろう。ボリュームは少ないが、その作成過程を思い浮かべると、一つ一つの文章に魂がこもっているような気がした。

映画版と小説版。どちらが先かによって印象も変わってくる。



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