錆びる心 桐野夏生


2009.11.14  隠れた女性心理の恐ろしさ 【錆びる心】

                     
■ヒトコト感想
読んでいる間中思ったことは、女性作者らしい印象だ。それも、若さあふれるフレッシュさではなく、どこか鬱積した不満を抱えている中年女性というイメージだ。もちろん、これは勝手なイメージだが、内容もどこかリンクしているような気がした。特に表題作でもある「錆びる心」は、長年積み重ねてきた怒りを放出してみたところ、真の理由はべつにあったという内容。ものすごく女性心理が良く現れているように感じた。奇をてらうことなく、一つの道筋で物語を終わらせる。ちょっと物足りない感もあるが、心にずっしりと重くのしかかるような読後感がある。「ジェイソン」や「月下の楽園」のように男がメインとなった作品もあるが、女性が主役の短編の方が断然読み応えがあった。

■ストーリー

十年間堪え忍んだ夫との生活を捨て家政婦になった主婦。囚われた思いから抜け出して初めて見えた風景とは。表題作ほか、劇作家にファンレターを送り続ける生物教師の“恋”を描いた「虫卵の配列」、荒廃した庭に異常に魅かれる男を主人公にした「月下の楽園」など全六篇。魂の渇きと孤独を鋭く抉り出した短篇集。

■感想
作者の性別を意識しなければ、本作の印象もまた変わっていたことだろう。最初の「虫卵の配列」を読んだ瞬間に、なんてわかりやすく女性の心理を語ってくれるのだろうと思った。ただ、あくまで特殊な状況下でのこと、という注釈はつくが、それにしても状況や設定はどうであれ、女性の本音を暴露しているようでちょっと恐ろしかった。その他の短編にも言えることだが、女性が主役となった短編は、すべてにおいて、女性の隠された本音がでているような気がした。本作をもし男の作家が書いていたとしたら、何を知ったかしているのかと思ったかもしれない。

全ての短編は、特別なトリックや衝撃があるわけではない。終わってみるとやけにあっさりとストレートに終わったなぁ、という印象の作品もある。特に「ジェイソン」などはただ男の酔っぱらい癖をもっともらしく、何か大きな秘密があるように描いているだけだ。結局は特別驚くようなことはなく、サラリと終わってしまった。「月下の楽園」も奇妙な不気味さというのはあるが、ラストのオチがちょっとあまりに急ぎすぎのような気もした。そう感じたのは、恐らくその他の、女性が主役の作品と比べると、心理的な描写にいまいち共感できなかったというのがあるのかもしれない。

女性の真の恐ろしさは、何を考えているかわからない未知の部分が見えてきたときだ。それはある意味、魅力とも取れるかもしれないが、単純な男とくらべ、あらゆる意味で深く、そして嫉妬を交じった考え方というのはなかなか理解するのが難しい。そんな、複雑な女性心理を作者はあっさりと、随分簡単に描写しているような気がした。それでいて、的を射ているような気がするし、鳥肌がたつような恐ろしさもある。特に最後の「錆びる心」は長年積み重ねてきた怒りの理由、そして、その結果起こした行動が、自分のためではなく復讐というただその一点だけのためということに、恐ろしさを感じてしまった。

女性の恐ろしさが垣間見える作品だ。



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