お腹召しませ 浅田次郎


2008.12.18  時代ものを読み慣れているか 【お腹召しませ】

                     
■ヒトコト感想
歴史短編もの。歴史ものはその言葉遣いからなかなか読むのに苦労する。日常とかけ離れた舞台だけに、物語に入り込むのも難しい。本作は最初に作者のちょっとした前口上があり、それに派生する形で物語が語られている。ちょっとしんみりするものから、なんだか笑っていいのかどうなのか、微妙なものもある。作者が語る前フリとうまい具合に重なり合って、あーそういうことかと納得できたりもする。ただ、全体を通しては現代をテーマにしたものよりハードルは高い。歴史ものを読み慣れていなければ相当苦労することだろう。短編だけに、集中力は持続できるが、その短編ごとに舞台が変わるので、人物関係や上下関係など把握するのに少し苦労した。

■ストーリー

お家を守るため、妻にも娘にも「お腹召しませ」とせっつかれる高津又兵衛が、最後に下した決断は…。武士の本義が薄れた幕末維新期、惑いながらもおのれを貫いた男たちの物語。表題作ほか全六篇。

■感想
タイトルにもなっているように「お腹召しませ」というのが一番印象に残っている。時代的に切腹が一般的ではなくなったとき、家を守るために切腹をしようとする男。そして、妻や娘は止めるどころか、すすめてくる。なんだか身を粉にして働いた中年サラリーマンが、リストラされるやいなや、熟年離婚を突きつけられた。そんな感覚なのかもしれない。この微妙にシリアスなはずの物語が、なんだか周りのあっけらかんとした物言いで、ずいぶんと面白いものになっている。本来なら笑う部分ではないが、お腹召しませという字面的にも面白さを誘発させている。

その他の短編も、作者の思いが時代の物語として生き生きと描かれている。ただ、物語に入り込むまでが非常にハードルが高い。何百石の大名だとか、与力だとか、なじみのない人にとっては何のことを言っているのかわからないだろう。おぼろげながらに登場人物たちの上下関係だけを理解しながら読んでもそれなりに楽しめるのだが、全てを理解しているほうがより楽しめるのは当然だ。その前に、本作を読むような人には歴史物語を読み慣れた人ばかりなのだろうか…。

作者の似たような作品に五郎治殿御始末というのがあるが、これも読んだときの印象は似たようなものだった。たしか、もっと不慣れだったために、混乱したことを覚えている。そのこともあり、多少読み慣れたとはいえ、ある程度の覚悟をして読んだのがよかったのか、思いのほかすんなりと頭の中に入り込んできた。時代物ということで、簡単に感情移入はできないが、時代物ならではの面白さ。つまり、家の面子や武士としての心などは十分堪能することができた。

タイトルと最初の短編から、もしかしたら作者お得意のちょっとしたコメディかと思ったが、後半には結構シリアスな物語が続いていた。



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