メタボラ 上 桐野夏生


2010.8.20  気づけばのめりこんでいる 【メタボラ 上】

                     
■ヒトコト感想
沖縄を舞台にした壮絶な物語。記憶を失いギンジと名づけられた男には、どういった過去があるのか。職業訓練所から脱走したジェイクと共に沖縄でたくましく生きる。無一文のギンジがどうにかして生き延びるための生活力や、ギンジたちに関わる沖縄の人々。知らず知らずのうちに二人に感情移入し、出会う人々に裏があるのではないかと考えてしまう。ミステリー的な要素は、ギンジの過去くらいしかないはずなのに、読み進める手を止めることができなかった。ギンジの今を生きる力と、飄々としながらもお気楽に世間を渡り歩くジェイク。対照的な二人だが、このままでは終わらないだろう。身元を証明するものが何一つないギンジの過去。若者がカリスマと崇める男など、気になる要素はありすぎる。

■ストーリー

記憶を失った“僕”は、沖縄の密林で職業訓練所から脱走してきた昭光と出会う。二人はギンジとジェイクに名を替え、新たに生き直す旅に出た。だが、「ココニイテハイケナイ」という過去からの声が、ギンジの人格を揺るがし始める―。

■感想
気付いた時には自分が山の中で何者かもわからない。そんな状態からギンジはたくましく生きようとする。物語の終盤ではギンジの衝撃的な過去が一部明らかになるが、それでもまだ中途半端だ。なぜギンジが身元を証明する物を何一つもっていなかったのか。「ココニイテハイケナイ」という声は…。ギンジが生きるために多くの人々の世話になりながら、過去を探り出そうとする。ジェイクというヘンテコな相棒の存在が、ストイックな物語の中にちょっとしたユーモアとアクセントになっている。ジェイクのパートが存在することで、沖縄という場所の別の一面が表現できている。

イケメンなジェイクとブサイクなギンジ。二人はそれぞれ自分の思うとおりの道を行き、沖縄でしぶとく生活していく。ギンジとジェイクの二人が見ず知らずの女の子の部屋で生活する場面や、ジェイクばかりが良い目をみる場面など、リアルで避けては通れない現実というのを示している。ギンジとジェイクが沖縄でどのように生活していくのか。ジェイクの後先考えない行動と、ギンジの慎重な中にも、一歩を踏み出すことができないウジウジとした思い。現実から逃げている若者の典型的な二つのパターンを描いている気がしてならなかった。

下巻へ続く中で一番のポイントはギンジの過去だ。それと共に実は金持ちであるジェイクが、ホストからどのように転進していくのか。沖縄というスローライフな地で、人はどこまで堕落していくのか。または、どこまで這い上がることができるのか。本作に登場する人物たちは、ほぼすべてがスローな生活を求めて沖縄に来ている。何か明確な目標を持つのではなく、ゆっくりとダラダラ生きたい。そのためには、低賃金だろうが劣悪な環境だろうが我慢する。ギンジとジェイクという今の若者の典型の二人が、この沖縄でどうなっていくのか、気になって仕方がない。

ハラハラドキドキというのはないはずなのに、いつの間にかのめりこんでいる。

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