メタボラ 下 桐野夏生


2010.9.1  これが派遣社員の実情か 【メタボラ 下】

                     
■ヒトコト感想
記憶をなくし、無一文からたくましく復活する物語かと思っていたが…。閉塞感溢れる、派遣の実情を語るリアルな物語となっている。ギンジとジェイクの二人が沖縄でどうなっていくのか。ギンジの過去がはっきりとした瞬間から、物語は陰鬱な方向へと流れていく。ギンジの壮絶な過去。家族が崩壊し、派遣の仕事をしながら貧困から抜け出せない状況にもがき苦しんだ過去。ギンジの過去の生活が明らかになるにつれ、これが現実かと思わずにはいられない。派遣社員として田舎の工場へ送られ、劣悪な環境で体を酷使する毎日。ギンジが追い詰められた理由はわからなくもない。沖縄という地で明るい未来へ進んでいくのかと思われた上巻までの流れから一変。壮絶な過去と貧困層の若者の現実にクラクラしてしまった。

■ストーリー

家族離散、雇用難民、偽装請負。追いつめられた僕は、死を覚悟した…その記憶を取り戻したギンジは壮絶な現実と対峙する。一方、新米ホストとなったジェイクは過去の女に翻弄され、破滅の道を歩んでいた。後戻りできない現代の貧困を暴き出す、衝撃のフィクション。

■感想
これが派遣社員の実情なのだろうとすんなり理解することができた。ひと昔前だったら、フィクションだと鼻で笑っていたが、本作の派遣社員の描写は概ね真実なのだろう。今の若者にとって、一度道を踏み外してしまうとそこから這い上がることはできない。本作を読むと、そのカラクリもわかってくる。もし、今就職難にあえいでいる若者や、仕事を安易に辞めようとしている人は本作を読むと良いだろう。正社員として安定した仕事ができることがどれだけ幸せなことか。反面教師ではないが、ギンジの壮絶な過去は、会社を辞めようとする人の決断を鈍らせ、若者を本気にさせる勢いがある。

飄々と沖縄暮らしを楽しんでいたはずのジェイクが泥沼にはまっていく。ギンジと比べると沖縄という地に合っていると思われたジェイクも、あっさりとした最後を迎えることになる。ジェイクとギンジの絡みはほとんどなく、ギンジは政治家秘書のマネごとをし、ジェイクはひたすら女を追いかけ続ける。出口の見えない閉塞感の中、上巻にあった根拠のない希望のようなものは、あっさりと砕け散った。悲惨な過去を思い出し、心が抜け殻のようになると、ギンジでなくとも極限の状態には耐え切れなくなるだろう。

現実は厳しい。そして、過去に比べると随分まともなはずのギンジの沖縄生活も、過去を思い出したとたんに色あせたものとなってしまう。ジェイクはもう少し何か大きな変化があるかと思いきや、悲しい結末となる。強烈な派遣時代の描写や、家族が崩壊していく様は鳥肌がたってくる。フィクションだとわかっていても、少なからず同じような状況の人がいるように思えてしまう。沖縄というスローライフな地と、極限の生活。ギンジもジェイクも特別だとは思えない。誰もがギンジやジェイクになる可能性がある。自分も一歩間違えたらギンジになっていたかもしれない。

一度ラインから外れると戻れない、厳しい現実を思い知らされる作品だ。



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