奇跡の人 真保祐一


2010.8.24  過去探しの旅 【奇跡の人】

                     
■ヒトコト感想
瀕死の重傷から生き返り、奇跡の人と呼ばれた男がなくした記憶を取り戻すため旅にでる。克己が仕事を始め、安定した生活を送るまでのリハビリ生活を読んでいると、とても31歳とは思えない描写がある。それは作中で語られているように、生まれて世間の毒を知らない無垢な状態だったからだろう。それが過去を探す旅の間で克己の人格自体が変わってしまったようにすら思えてくる。しつこいほど過去にこだわる克己の姿を、世間知らずのように感じ、思い通りにいかないと気がすまないわがままな子供のようにも感じた。ミステリーとしても、克己が過去に疑問を持ち、過去探しへ向かう場面は非常にスリリングですばらしい。

■ストーリー

31歳の相馬克己は、交通事故で一度は脳死判定をされかかりながら命をとりとめ、他の入院患者から「奇跡の人」と呼ばれている。しかし彼は事故以前の記憶を全く失っていた。8年間のリハビリ生活を終えて退院し、亡き母の残した家にひとり帰った克己は、消えた過去を探す旅へと出る。そこで待ち受けていたのは残酷な事実だったのだが…。

■感想
奇跡の人である克己の過去を探っている間、読者はどんな過去かと想像するだろう。そこまで、念には念を入れて隠すほどの過去とはいったい…。その答えは克己が8年もの長い間入院生活を送ってきたということがヒントになる。車の事故がらみで過去を探るというのは、ちょうど東野圭吾作品にもあった。それと比べると、ちょっと一本調子のような気もするが、純真無垢な克己の過去とのギャップによって物語は大きく変化していく。このあたりから、読者も克己の過去にうすうす何かを感じることだろう。

昔の仲間と出会い、自分の過去がおぼろげながら見えてくると、克己がだんだん変化していく。この克己の執拗なまでの過去への執着は、人によってはイラっとする部分かもしれない。現在を考えるのではなく、過去に執着する。現在のすばらしい仲間たちを裏切ってまでこだわることがそこにあるようには思えない。しかし、そのイライラ感が発生するのは、物語にどっぷりとはまり込んでいる証拠だろう。いつの間にか、克己を見守る医者のような立場で読んでしまった。

過去をすべて知った後の克己の行動。衝撃的な過去であればあるほど、ショックは大きいだろう。克己の今を捨てて過去にこだわる気持ちは、最後まで理解できなかったが、克己の中には消えきらない過去の克己が存在したと考えれば納得できる。奇跡の人という純真無垢なイメージから、隣人の悪意ある差別や、長い入院生活に耐える姿は、克己を応援させる強烈なパワーがある。それが過去探しになると、途端に変化していく克己に戸惑ってしまう。読者は克己を見守る院長先生と同じ、心配やイライラした気分で読み進めることだろう。

ラストの強引なまでのハッピーエンドは少し気になったが、熱中して読める作品だ。




おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp