獣の樹 舞城王太郎


2010.12.21  衝撃的な獣たちの大革命 【獣の樹】

                     
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■ヒトコト感想

山ん中の獅見朋成雄を彷彿とさせるようなキャラクターと、蛇を使ったクーデターなど、常人では想像できない世界が繰り広げられている。作者はこの背中に鬣を生やしたキャラクターというのが好きなのだろう。記憶はなく名前もないが、そのぶん正直で思ったことをすぐに口にする独特なキャラクター。足の速さというのをポイントにしており、どんな強烈な敵に対しても屈することはない。変に前向きかと思うと、とんでもなくややこしいトリックや、ミステリーの謎を解くための強引すぎる見立て。ミステリー部分はなくとも十分成り立つと思うが、外せない要素なのだろうか。獣の大革命というのは新しすぎる。

■ストーリー

ある日ある朝、西暁町で、十四歳くらいの僕が馬から生まれる。記憶も名前もない。でも名前なんかいらない、と僕は思う。自分が誰だってどうでもいい…のに、正彦が僕を弟にする。それからヒトとしての生活にようやく馴れてきたところに蛇に乗る少女楡が現れ、僕を殺人現場に誘う。冒険が始まる。失踪した父親。地下密室。獣の大革命。そして恋。混乱と騒動の中、僕は暗い森を駆ける駆ける駆け抜けていく。

■感想
記憶も名前もなく馬から生まれた男。主人公の成雄が作者の作品の中ではわりとおなじみなため、すんなりと入り込むことができた。まったく別物なのだろうが、キャラクターの要素は同じだ。足が速く記憶はないが、学べばすぐに知識となる。成雄の出自を探る物語が、いつのまにか獣たちの大革命となり、物語はとんでもない方向へと進んでいく。まず蛇を操りながら世界を革命するという発想がぶっ飛びすぎている。アメリカの大統領がアナコンダに飲み込まれ吐き出される。その姿を思い浮かべると、とんでもない世界だと感じることができるだろう。

足が速く身体能力がずば抜けている成雄。蛇たちと唯一対抗できる存在であるはずが、なんだか複雑な出自の秘密によって物語りは混迷していく。成雄とはいったい何者なのか。はっきりとした答えを求めるのは間違っているのかもしれない。大革命の結末や、その他の人々がどうなるかなども考える必要はない。世界の仲間たちとテレパシーで通信しあう蛇たちと、ものすごいスピードで川の上を疾走する成雄の対決は結末が気になって仕方がないだろうが、期待はしないほうが良い。

複雑な地下密室や、「ピノキオ」を見立てた施設など、どういった理由でそうなったのか、まったく現実的ではない世界の中で強引なまでに物語りは進んでいく。作者のこのパターンに慣れていればそれほど驚くことはないが、初見であればまちがいなくめんくらうことだろう。複雑なトリックを解く面白さとも違う、ストーリーの進展を楽しむのとも違う。めちゃくちゃな冒険の中に入り込み、次はいったいどんなとんでもないことが起こるのか、それを楽しむべきだろう。明確な終わりを求めてはいけない物語だ。

この強烈な個性は他にはないものだ。




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