神の火 下 高村薫


2009.1.27  原発の安全神話は… 【神の火 下】

                     
■ヒトコト感想
一人の男を中心としてさまざまな国の利害関係が輻輳し、事態は思わぬ方向へ。上巻までの流れでほぼ物語りは完結しているように思えた。下巻のボリュームを考えると、何か大きな出来事が起こるのかと思いきや、何も無くあっさりと終わる。一人の男をめぐりこれほどさまざまな国の思惑がコロコロと変わるだろうか。スパイものというイメージは上巻までで、本作ではより原発攻略ということに力が注がれている。一つの出来事が終わっても、そのまま終わることなく、原発襲撃という難題へ挑戦する。そこへ至るまでの動機は相変わらず不明だ。それは本作において、良に執着する部分でも同様なことが言える。原発に対してテロをどのように行うのか、夢物語だが、リアル感はある。

■ストーリー

〈トロイ計画〉の鍵を握るマイクロフィルムを島田は入手した。CIA・KGB・北朝鮮情報部・日本公安警察…4国の諜報機関の駆け引きが苛烈さを増す中、彼は追い詰められてゆく。最後の頼みの取引も失敗した今、彼と日野は、プランなき「原発襲撃」へ動きだした―。完璧な防御網を突破して、現代の神殿の奥深く、静かに燃えるプロメテウスの火を、彼らは解き放つことができるか。

■感想
トロイ計画の鍵をにぎるマイクロフィルム。その切れ端を持つ男。男を手に入れようとする北。それを妨害したいCIAやKGB。なんだかとんでもない世界の出来事のように思えるが、これら国家規模の使者たちに対して、島田はあくまで強気にでる。そして、それぞれの国々は島田の要求をのまざるえない。なんだか、この島田という男の無謀さにあきれるというか、根拠のない執着心に疑問をもった。なぜ、たまたま出逢った良というロシア人にそれほど入れ込むのか。どうしても深読みしてしまうのは、男×男というイメージだ。

スパイ関連の出来事が終わり、普通ならばこれで終わりだろう。しかし、本作はまさにその後を描きたいがために、ここまで原発をひっぱってきたかのような雰囲気だ。原発を知り尽くした男が良の夢をかなえるべく、原発に対してテロを企てる。まず、その動機が不明確であり、自分のかつての仲間がいる職場を崩壊へ導くなど、普通では考えられないことだ。島田は自分が関わったシステム、つまりは日本の原発システムの完璧さを信じていながらも、自分自身でそれを崩壊させようとする。自分に挑戦するという気持ちならばわかるが、本作の島田はそうではないように感じた。

原発は安全なものという神話を崩すため。ひいては、危険を声高に主張することにより、より完璧なシステムを求めるということだろうか。一歩間違えれば、放射能汚染も免れない出来事のようだが、どうやら違うようだ。現在の原発システムでは、チェルノブイリのような事故は起きないらしい。正直、本作の中ではこのことが一番衝撃的だった。チェルノブイリがどれだけものすごい事故だったのか。リアルタイムではほとんど覚えていないが、強烈な印象を残している。

濃密な原発の描写。はっきり言えば半分も理解できなかったが、これが作者の魅力の一つなのだろう。



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