2009.3.8 読後感が心地よい 【返事はいらない】
■ヒトコト感想
短編独特の軽さの中にもしっかりと主張したいことが書かれている。感動ありほのぼのあり、短編として考えると、とても濃密な内容で、読んでいて心地よかった。特に「ドルシネアにようこそ」などは速記という特殊な職業を題材としながらも、しっかりと感動を引き起こしてくれる。なんでもない日常やちょっとした言葉の端々に人を引き付ける何かがあるのだろう。明確にここがよかったとはなかなか言いにくいが、知らず知らずのうちに読み進める手を止められなくなってしまった。集中して読むと驚くほど早く読めてしまう。そのくせ、頭の中にはしっかりと余韻が残る。重厚で壮大な長編もよいが、こんな感じでサラリと読め、なおかつ人を感動させ、楽しませることができるのは作者の筆力のなせる業だろう。
■ストーリー
失恋からコンピュータ犯罪の片棒を担ぐにいたる微妙な女性心理の動きを描く表題作。『火車』の原型ともいえる「裏切らないで」。切なくあたたかい「ドルシネアにようこそ」など6編を収録。日々の生活と幻想が交錯する東京。街と人の姿を鮮やかに描き、爽やかでハートウォーミングな読後感を残す。
■感想
読書の習慣がない人にお勧めしたい本だ。短編の一つ一つがそれほど長いわけでもなく、小難しい専門用語や専門知識は必要ない。ただ、流れるままに作品の中に没頭していれば、作品の世界を十分に楽しめるようにできている。難しい漢字も使わず、読み進めるリズムがとても心地よい。サラリと読めるのだが、内容もしっかりしており、読んだ後の余韻もすばらしい。読書に慣れていない人でも短編一つぐらいならと気軽に手にとることができるだろう。こんな作品を入り口とすれば、本を読む人も増えるのだろう。人気があるからといって、いきなり京極夏彦などに手を出すよりは断然正しい選択だ。
本作の中で印象的なのは「ドルシネアにようこそ」と表題の「返事はいらない」だ。ドルシネアはその特徴的な職業と、田舎モノというか、ひっそりとしたさえない若者が必死に頑張っている姿を読むと、なんだか無性に感動してしまう。ディスコ全盛の時代を良く知らないので、情景を頭に思い浮かべることはできないが、掲示板で連絡をとりあうなど、この古めかしさがなんとも言えずよかった。苦労人がひどい目にあいながらも、最後には人々の感動を誘う。さえない男というのもまたそれに拍車を掛けているのだろう。
表題ともなっている「返事はいらない」。これもほのぼのとした中になんだか強烈なインパクトを残している。銀行のシステムが本当にこんな感じだったのだろうか?たとえ違っていたとしても、そこにいたるまでの、まるで刑事ドラマを見ているようにしっかりとストーリーが練りこまれている。事件に対して悪意があるわけではなく、世間に知らしめたいという、どこか善意ある行動というのもなんだか興味をそそられた部分なのだろう。事件をひたすら追い続けた刑事というのも哀愁があってよかった。
短編として連続して読むと相乗効果のようにどんどんと面白くなっていく。最初の「返事はいらない」が良かったために、そうなったのだろう。
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