月下の恋人 浅田次郎


2010.3.22  気が向いたら泣いてください 【月下の恋人】

                     
■ヒトコト感想
一貫したテーマというものを特に感じることはないが、どことなく奇妙で不思議な感じのする短編集。摩訶不思議な出来事を心霊現象として説明するのでもなく、現実的な答えを導きだすのでもない。ただ、そこに起きた事象とそこに至るまでの出来事を描き、作中の登場人物と同じように読者に想像させる。はっきりと結末を描かず、言葉や心理描写だけで結末を予測させる流れ。結末がはっきりと描かれていないからといって、突然終わったという印象はない。このパターンならばこうなるだろうと簡単に想像がつくからだ。あっと驚くような結末ではないが、心地良い終わり方。難しいことは考えず勇気をもらい、クヨクヨと悩むことがなんだバカらしくなるような、そんな感じかもしれない。

■ストーリー

恋人に別れを告げるために訪れた海辺の宿で起こった奇跡を描いた表題作「月下の恋人」。ぼろアパートの隣の部屋に住む、間抜けだけど生真面目でちょっと憎めない駄目ヤクザの物語「風蕭蕭」。夏休みに友人と入ったお化け屋敷のアルバイトで経験した怪奇譚「適当なアルバイト」…。

■感想
ヤクザの物語などは、作者お得意の義理と人情を重んじる物語なのだろう。中国の古い物語を引き合いにだしたり、現在のヤクザ映画のシナリオにも言及したり。作者の趣味が大きく表れている作品もある。何かしら、印象に残る部分はあるのだが、短編ということでサラリと読み終わり、後々まで強く印象に残ることはない。そんな短編の中でも結婚相手の素性を良く知らずに結婚する物語は面白かった。よくあるパターンなのかもしれないが、自分だけが真実を知らず、周りは”恐ろしい”や”止めろ”と言う。結局真実は明らかにならないが、その周りからの言葉で勝手な想像してしまうのが面白い。

その他にも、心霊現象的なものや、タイムパラドックスものなど、多種多様にわたっている。特に男と女の関係で、過去の後悔を清算しようとする物語や、過去を回想する形式なども多い。ドロドロとした恋愛模様や、激しい嫉妬に狂うというものはない。どこか落ち着いた大人の雰囲気を感じさせるものばかりだ。間違っても、別れたくないと激情し、ヒステリックに叫ぶなんて場面は一つもない。落ち着きはらい、悪意もなく、ただ淡々と現実を受け入れ回想する。そんな印象かもしれない。

ほぼすべての短編に悪意や殺人などという部分がない。これは作者の作品全般に言えることだが、読んでいて辛く悲しいという部分が少ない。どこか未来に希望がもてたり、ほんわかとした気分になる。過去の辛い出来事を思い出す場面であっても、現在があるから過去を思い出せるというように、非常に前向きに感じられる作品ばかりだ。泣かせようとみえみえの手段にでるというのでもない。気が向いたら泣いてくださいと作者が言っているような、そんな印象さえ受けてしまった。

強烈なインパクトはないが、ほんわかとした気分になれる作品集だ。



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